リクエスト

□一方通行
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 総悟が風邪を引くのは、珍しいことじゃない。
 ここまで酷いのは珍しいかもしれないが、俺や近藤さんに言わないだけで、ちょくちょく体調を崩している。今回も隠していたかったらしいが、さすがに熱が40度を超えていては、動けるはずがなかったらしい。仕事を休むと宣言して部屋に戻っていった総悟に、風邪薬と水を運んでいくと、何も言わずに大人しく飲んだ。
「……なんかして欲しいことあったら言えよ」
 ん、と小さく返事をして、また布団を頭までかぶってしまった。頭が痛い、と言っていたから、何もしゃべりたくないのだろう。水いらねえのか、とか、何か食えるか、とか言いたいことはたくさんあるが我慢する。
 総悟が静かだと屯所が静かだった。それが寂しく感じる自分に苦笑いする。自分の命を狙ってくるような馬鹿に、愛しさを感じ始めたのはいつごろだっただろう。
 総悟を1人にするのが嫌で、やっていた仕事を一緒に持ってきてしまった。紙と筆の音くらいで起きる奴じゃないからまあ許してもらおう。散らかっている総悟の机を適当に片付け、紙を広げたところで気がついた。
 チョコレートパフェ無料券、と書いたチケットのような小さな紙。
 他の資料なんかとは違い、その紙だけ、大切そうにスペースを空けて置いてあった。
 ふと、その紙に手を伸ばそうとしている自分に気がつく。――ちょっと待て、俺は何をしようとしてるんだ。この紙を手に取って、そしてどうするつもりだ。
 手を引き、筆を手にする。筆を紙につける、というところで、遠慮がちに障子が開く音が背中側から聞こえた。隊士ならするはずのノックがない。誰だ、と振り返ると、今1番会いたくない男の姿が見えた。
「何しにきた」
 相手が口を開く前に言う。殺意でもこもってんじゃないかと思うほど低い声が出た。布団の山は動かない。
「……何って、沖田くん見舞いに来たんだけど」
 警戒が見え隠れするその声に、布団の山がピクリと動く。また静かになって、それからもぞもぞと総悟が這い出してきた。
「……旦那だ」
「ん、大丈夫か? ……なわけねえな、顔色悪いし。って、え、おい、寝てろって」
 布団から上半身を起こした総悟を、万事屋が慌てたように止める。総悟は「へーきですよ」と明らかに平気じゃない顔で笑った。
「平気なわけねえだろ、寝ろ」
「そんなことしたら、旦那が来た意味、ないじゃねェですか」
「いいんだよそれで」
「意味分かりやせんって」
 さっきまでの俺に対する態度が嘘のように、万事屋と総悟の会話は弾む。見ていられずに、視線を紙に落とす。紙の上で持ったままだった筆から墨が垂れて、白い紙に真っ黒で大きな染みを作っていた。また総悟の声が聞こえる。
「……土方さん? どうしたんで?」
 そんなそっけない言葉さえ、自分に向けられたものなら嬉しいと思うなんて、俺はどうかしている。
「……別に。お前は? 水とかいらねえか?」
「平気ですけど、これ、むいてきてくれやせんか」
 振り返ると、総悟は両手で大きなりんごを持っていた。横にしゃがんだ万事屋が、総悟を穏やかに見つめている。
「旦那が持ってきてくれたんでさァ」
 総悟がそう言って差し出すりんごには、高級ブランドのシールが貼ってある。俺が部屋を出たら総悟と万事屋が2人きりになる、なんてことを思って返事が遅れた。
「土方さん?」
「……ああ」
 総悟からりんごを受け取り、重い腰を上げた。
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