紡ぐ湖


□針と糸と
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「えいっ……!」
「……」


カラスも帰る、夕焼け小焼けの空の下。
家の庭先で、小太郎さまから忍術の稽古を受けている……ものの。



「……何も起きませんね」
「…………」



”防御の術”は全く発動する気配が無い。
教えてもらった通りに印を組んで、念を込めて――お昼過ぎから何度も繰り返しているのに、ただの、一度も。
小太郎さまがやると、とても簡単そうに見える。
なのに、どうして私だけ上手く出来ないんだろう?
ここまで駄目っぷりを発揮してしまうと、前向き元気だけが取り得の私でも流石にヘコんでしまう。



信長がいなくなったとはいえ、まだ泰平の世には程遠く。
忍びとして戦い続けている以上、この里だって……小太郎さまだって、いつどうなるかわからない。
だから私も少しは役に立てるようになりたくて、無理にお願いして教えてもらっているのに。
一緒にいられる、貴重な時間を使っているのに……。



「はぁ……。時間を取らせてすいませんでした……」
「いえ、気にしないで下さい」



言葉少なめな気遣いが、今は余計に辛い。
……もう、夕飯の準備に取り掛からなくっちゃ。
力なく肩を落とした私は、トボトボと歩きながら庭を後にした。





       ◇◇◇





夕飯の片付けも終わり、部屋で針仕事をしていたところに、スッと襖を開けて小太郎さまが入ってきた。
今夜も、お役目があるのかな。
そんな事をボンヤリと考えていたら、突然。



「姫、裁縫を教えていただけませんか」
「へっ?」



小太郎さまの意外過ぎる申し出に、思わず変な声で返事をしてしまった。
どうして、急に?
理由を聞いてみたけど、小太郎さまは黙り込んでしまって……。
しばらく沈黙が続いた後、何かを閃いたような顔をしてから、こう答えた。



「以前、裁縫を教えてくれると約束していましたよね……?」



ああ、そういえば……。
小太郎さまの背中の傷を縫い合わせた後、そんな約束をしていたっけ。
あの時はまだ、戦の最中でそれどころじゃなくて……そのまま、いつの間にか忘れてしまっていたんだ。
確かに、約束は守らなきゃいけないけれど――でも、何かが引っかかる。
小さな疑問の正体が何なのか悩む私に、小太郎さまは優しく微笑みながら言葉を続けた。



「幸い、今夜はお役目が無いので……折角ですから」
「そうなんですか? じゃあ、早速……!」



今夜はお役目がないんだ。
一緒にいられるんだ……!
それが嬉しくて、小さな疑問なんかどうでも良くなった私は、二つ返事で小太郎さまへの手ほどきを引き受けたのだった。




       
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