紡ぐ湖


□繋がれた未来
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絶対に許さない。
朱音を傷つけた奴を、俺は、絶対に……!
止め処ない怒りに震え、指先に力を込めたその時、朱音が小さく、苦しそうに呻いた。



「……ご……ぇ…………」
「朱音?
 ……しっかりしろ、朱音!」



微かな声が、激しい憎悪に飲まれかけていた俺の意識を引き止めた。
しかし、それを最後に朱音の意識が途切れたのか、呼びかけても反応は無く。
体からは完全に力が抜け、しっかりと抱えなければダラリと崩れ落ちてしまいそうになる。
朱音……おまえを失ったら、俺は……!



朱音を抱いたまま必死で走り続け、ようやく伊賀の里が見えてきた。
家々の間を通り抜け、服部の屋敷に土足であがりこむと、すぐに薬師の間へと駆け込んだ。
出払って、誰もいない部屋。
病人用の布団に朱音を横たえると、使えそうな物を全て引き出し乱雑に畳に並べていく。
着物を脱がせて傷を押さえつけても、じわじわと流れる血がどうしても止まらない。



朱音……。
戦が終われば寺に帰って幸せに暮らすのだと、当たり前のように思っていた。
なのに今、その命が奪われようとしている。
笑顔も、泣き顔も、膨らませた頬も……愛おしい、何もかもが。



嫌だ……!
朱音を、失いたくない……!









……無我夢中だった。
先刻までの怒りも忘れ、傷の処置に没頭した。
……全ての作業を終えて、流れる汗を拭う。
手についていた血が、ぬるりと額を汚した。
畳に転がっている銃弾と、縫いとめられた傷をもう一度確認する。
……もう、血は流れてこない。
徐々に緊張が解け大きく深呼吸をすると、部屋に残る焦げた臭いが生々しく鼻についた。



「朱音……」



あとはもう、おまえの生命力にかけるしか……。
見下ろすと、その顔色は蒼白いまま。
包帯を巻こうと朱音の肩に触れた手が、ピタリと動きを止めた。
……やけに冷たい。



(体温が下がっている……血を流し過ぎたんだ)



俺は手早く包帯を巻きつけ布団をかけると、自分の着物を脱ぎ捨て、朱音の隣りへと潜り込んだ。
温めるなら、直接肌を合わせるのが一番良い。
ひんやりと冷えきった体を、包み込むように優しく抱きしめる。



もし身代わりになれたなら、どんなにいいだろう。
この体に流れる全ての血を、朱音へと移せたら。
もう迷ったりしない、未来も幸せも何も要らない。
今まで恨んでばかりだったのも謝る。



だから……お願いだから、朱音を助けてくれ……!



消えかけた命を繋ぎとめようと、必死で小さな体をかき抱きながら……。
……俺は、生まれて初めて神に祈った。






        
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