紡ぐ湖


□灯火は揺らぎ
1ページ/5ページ

長老と灯火とへ戻る





軒先には、赤提灯の光がほのかに揺れている。
情報を集めるなら、飲み屋に入るのが手っ取り早い。
縄暖簾をくぐった俺は、酒と田楽を頼み、待ちながら昼間の事を振り返った。



今日も優しい素振りを見せたものの、あいつはちっとも俺に惚れる気配が無い。
それに、あの城……予想以上の速さで完成に近付いていた。
しばらくは、表の役目に専念した方が良さそうだ。
今日崩した石垣も、あれだけの人手があればそれほど長い足止めにはならないだろう。



「……の石垣が崩れたのは、天罰だ。ざまあ……」
「……が神様だったら、あんなの雷で……」



店の中は、酔った男たちの話し声が重なり合い、騒がしい。
久々の酒なのだろう、勢いよく息巻く声があちこちから上がっている。



「……城に娘を連れて来いとさ。あいつら、どこまで……」
「……に手柄を見せたくて、必死らしいぞ?だから武器商……」



築城の土木工事を普請(ふしん)と呼ぶ。
普く(あまねく)人々に請う(こう) とは名ばかりの強制労働は、
町民の生活を奪い、憎しみを広げ、城主の悪い噂を流行らせた。
お陰で、情報収集は早く済みそうだ。




「……の悪徳庄屋が、米を大量に…………」
「……庄屋と……侍が……」



まぁ、大体の事は見えた。
得た情報を、頭の中で手駒に置き換えると
まるで詰め将棋のように駒を動かし、いくつもの王手への道筋を用意していく。
(……脱出時には、朱音を女郎って事にして堂々と……よし)
計画がまとまり店を出ようとしたところで、憎々しげな声色が聞こえてきた。



「……戦が憎いよ……! 侍も忍びも、みんな……」



つい、足が止まった。
同時に、昔の記憶が蘇る。
毎日地主のクソジジイに蹴り飛ばされていた、あの頃の……。



『……恨んでやる……! ジジィも、おっとぅもおっかぁもみんな……!』



…………。



厳しい境遇に置かれた者の心の声なぞ、誰も彼も似たようなもんだ。
自嘲気味に薄く笑みを浮かべた俺は、止めていた足を踏み出し、夜の闇に姿を消した。



 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ