レンサイ

□Private Heaven
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和希の確かな温もりが、重ねた唇から伝わる。
『アイシテル』と言葉にできなくて、ズキズキと胸が痛むけれど、それが俺の決めたイマ。
俺が決めた、和希とのミライ。
そのミライを、進まなくちゃ。
和希と重ねていた唇を離した。
ゆっくりと。
和希の頬に触れていた指も、離した。
持って行き場の無い指は、一瞬、宙を彷徨っただけで、すぐに辿り着いた。
和希の唇に。
自分の決めたミライだけれど、触れていたい。
感じていたい。
ただ、和希の温もりだけ。
ほんの、ほんの少しの時間でいい。
少しでも長く。
和希の記憶を、俺の全てに残しておきたい。
おかしいよな。
好きなら、別れなければいいのに。
愛してるなら、愛し抜けばいいのに。
和希がいなきゃだめだと思うなら。
和希がいなきゃ、息もできないと思うなら。
別れなければいいのに。
和希がいれば、ほかはどうだっていいのに。
和希がいてくれたら。
和希だけが、いてくれたら…。
別れようだなんて考えなければ、ずっとずっと和希は一緒にいてくれるのに。
俺だけを愛し続けてくれるのに…。
指先で触れた和希の唇は、あたたかくて、やわらかい。
いつもこの唇が、俺の唇を塞いで、とびきり甘いキスをくれるんだ。
俺の思考をトロトロに溶かして、和希のこと以外は、何も考えられないようにしてしまう。
和希の、この唇が…。
いつもの濡れた唇は、今は震えているけれど。
俺を見つめる瞳は、悲しみに満ちているけれど。
もう、取り戻せないから。
もう、触れない───。
「サヨナラ」
告げて、和希の唇に触れていた指を…離す。
ゆっくりと。
持って行き場の無い指は、また一瞬、宙を彷徨ったけれど、すぐに拳を握りしめた。
強く強く…爪が掌に食い込むほど。
和希の唇とサヨナラ。
和希とサヨナラ。
自分の決めたミライだけれど、こんなミライ、自分が望んだわけじゃない。
こんなの、俺は望んでなんかない。
こんなことになるなんて、考えたこともなかった。
未来が全く見えない。
和希とふたりでいる未来も、ひとりで歩く未来も。
怖くて怖くてしかたない。
だから、俺は逃げ出した。
和希から。
和希の俺への想いから。
俺の和希への想いから、逃げ出した。
「行く、な、啓太…」
和希の声が、切れ切れに聞こえた。
いつもの和希からは想像も出来ない、弱々しく、頽れそうな、愛しい和希の声。
俺が和希をこんなにしたなんて、耐えられなかったから…、だから、逃げ出したんだ……。
助けてくれた西園寺さんと七条さんのことなんて少しも考えられずに、部屋を飛び出した。
飛び出して、たった数歩駆け出したところで、俺は冷たい廊下に崩れ落ちた。
カラダに、力が全然入らない。
まるで自分が床に同化してしまったんじゃないかと思うほど、カラダが床に張り付いて、立つことも出来ない。
声すら出せなくて、ただ涙だけが、床に零れ落ちる。
「けい、た…。けい、たぁぁあああ………!!!!」
開いたままのドアから、和希の叫び声。
聞きたくない。
そんな声、聞きたくない。
いやだ、いやだ。
いやだ…!!!!
くやしいよ、和希…!!
和希のためにできることが別れることだなんて。
傷つけることだなんて。
一番大切な人なのに。
傷つけて別れて、これが和希のためになるなんて思えないよ……!
でももう…、後戻りなんてできない。
もう和希とは終わってしまったんだ。
本当に本当に終わっちゃったんだ…。
「啓太、大丈夫か」
心配そうに声をかけてくれたのは西園寺さんだった。
座り込んだ俺と視線を合わせるように跪いて、優しく髪を撫でてくれる。
そんな西園寺さんが、和希に見えてしまう。
こんなふうに辛い時、いつも俺を支えてくれたのは、『誰か』じゃなく、たったひとり、和希だった。
なんで和希は、ここにいないの?
どうして和希は、俺の名前を呼び続けるの?
どうして俺は、泣いてるの?
和希…。
和希…。
俺は、和希がいなきゃ、ひとりで立ち上がることもできないみたい。
和希がいないのに、ひとりで歩き出せるわけないよ…。
でも和希には、俺じゃない『誰か』が必要だから。
少なくとも、未来の和希には、『子供を産める女の人』が必要だから。
いつか別れが来るなら、早い方がいいはずなんだ。
お互いにとって。
俺にとって。
和希にとって…。
ね、和希……。
「啓太」
西園寺さんが優しく俺を見つめる。
全てを悟ったかのようなその微笑みが、なぜだか、許されているような気分にさせる。
何が罪なのか。
何を許されているのか、許されたいのか、それすらもわからないけれど。
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