レンサイ

□Private Heaven
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大丈夫です、もう…舌を噛んだりなんてしませんから。
死のうだなんて考えてません。
和希のいる世界に、俺はいなくちゃいけないから。
和希と別々の世界には、俺は、存在できないんです。
…指、噛んでしまってすみません。


心配そうに瞳を細めた西園寺さんにそう告げて、俺はユニットバスに飛び込む。
なぜって。
なぜかな…。
ひとりになりたかった…かな。
ひとりになるのは怖いけど、それでも、その時間が必要な時ってきっとある。
今がきっと、きっとその時間。
冷たいシャワーでも浴びて、頭を冷やそう。
マイナスなことしか考えられないなんて、俺らしくない。
プラスが無理なら、「無」でもいい。
少しくらい、和希のことを考えるのを止めて、何か違う楽しいこと。
例えば、見たかった映画とか、いつもの学食のメニューとか。
なんか、そういうの。
そういうの、ないのかな…俺。
新作映画も、和希と行こうって約束してたり、学食だって、和希と食べたハンバーグとか、カレーとか。
俺の想いにはいつも和希が一緒だ。
やりたいことも、思い出すことも、全部。
俺には和希しかいないなんて、思いたくない。
『和希を想わないでいる時間』とか、『和希を忘れて、何かに夢中になれる時間』が必要なのかもしれない。
こんな別れなんて少しも考えていなかったから、どうしたらそれができるか、今の俺にはわからないけど。
だって…、ずっと一緒にいる未来のことしか、考えられなかったから。
これからも俺たちは、俺と和希はずっと一緒だって、当然のことのように思ってた。
それが当たり前じゃなくなるなんて。
………

「ん〜、やっぱりうまい」
「和希、ハンバーグ本当に好きだよな」
「特に学食のがね。いい食材を使ったシェフのハンバーグは、確かにすごくおいしいけど、学食のは手作りってのがあったかいだろ。お袋の味って感じで」
「お袋の味かぁ…、そうだなぁ……」
「知ってるよ」
「え…」
「啓太がハンバーグ作りの練習してるの」
「え、えええ!?」
「楽しみにしてるからな」
「……おいしくないかもしれないぞ」
「大丈夫。絶対おいしいよ。啓太のハンバーグを一番好きになる自信ある」
「…うん!」


……


「啓太、今の予告見た?」
「見た…見ちゃった…」
「すごくグロテスクで怖そうな映画みたいだな」
「あんなのに追いかけられたらどうしよう。夢に出てきそう…」
「映画、見に行こうか」
「なんでそうなるんだよ」
「啓太は映画見たくないのか、『俺と』」
「和希と…は一緒に見たいけど、ホラーじゃなくてもいいだろ。和希がいない夜とか、夢に出てきたら俺どうしたらいいんだよ」
「殺人鬼が出てきたら、啓太の夢の中まで助けに行くよ。な?」
「和希が?」
「必ずお前を守るから」
「…うん」

……
思い出すと、頭がおかしくなりそうだ。
俺の記憶は、和希と過ごすアマイあまい毎日だけだ。
恥ずかしいセリフを照れもせずに吐き出す和希に、俺はいつもドキドキしていたっけ。
ドキドキして、幸せで、いつも魔法をかけられているような気分だった。
俺は、和希に幸せの魔法をかけてあげられていたかな。
幸せだって感じていてくれたのかな。
…自信がないよ。
繰り返すアマイあまい夜が、ずっと昔のことみたいだ。
このユニットバスで一緒にシャワーを浴びたことも、泡みたいに…。
部屋に備え付けれたユニットバスは、ひとりでも狭い。
それでも和希が俺の部屋に泊まりに来たときは、ここで、ふたりでお互いのカラダを洗った。
狭いからって、必要以上にくっつきながら。
……


「クスッ…、啓太、泡まみれだぞ」
「和希だって」
「生クリームが全身に付いてるみたいでおいしそうだな。ボディシャンプーもいちごの香りだし」
「いいだろ。いちご好きなんだよ」
「俺もいちごは好きだよ。ケーキも。ロウソク飾ろうか」
「俺はバースデーケーキじゃないぞ」
「知ってるよ。ケーキよりアマイことも。だから、どれだけ甘いか味見していい?」
「バカ、何言って…ちょっっ、和希っ!」
「うん、すごく甘い」
「…バ、カ……」


……
これからのことはわからない。
だけど、今は…今は、和希と一緒にいたいよ……!
「かず…きぃっ……、かずきぃぃ……」
簡単に思い出せる、和希の指も声も。
どんな目で俺を見つめていたか、どんなに大切にしてくれていたかも。
どんなふうに俺を抱くかも。
啓太…って、甘い声で囁かれて、あの目で見つめられて、それから、抱きしめてキスをくれる。
優しく優しく髪を撫でて、和希の指が頬に触れて、またキスをくれて。
おっきな手が腰に回されると俺はビクッとして。
何度も繰り返されるキスに意識がトロンとなって、俺は…おちていくんだ。
深い愛情と快楽の海にオボレル。
…こうやって、まずは指で襞を優しく解して…
それから、その指がゆっくり挿って来て…
「…ん、ん、ァ!」
ぐうっと奥まで来て、ナカを引っ掻いて…それから、どうするんだっけ。
あぁ、そうだ…指が増やされて…
同時に前の反り勃つモノを擦られて刺激されて、俺は…イッ……
「かずっっ……アアアッ!!」
…俺、何してるんだろ。
違う、気持ちよくなりたいわけじゃないんだ。
ただ和希がどんなふうに愛してくれたか、忘れたくないだけ。
だけど和希の指を思い出せば、それだけでゾクゾクする、カラダがアツクなる。
俺はもう、和希でいっぱいだから…頭も。
カラダも。
すぐに和希を思い出せちゃうのは仕方ないんだ。
でもこんなことはやめよう。
俺、やってることがぐちゃぐちゃだ。
頭の中もぐちゃぐちゃ。
たった今、別れたはずだろ。
ただ気持ちよくなりたいだけなら、ひとりだって、相手が誰だっていいはずなんだ。
俺にとって大切なのは、その相手が和希だってことだから。
だから…こんなことは意味がない。
「…ん…っ」
ナカから自分の指を引き抜いた。
和希の指は俺のより長くて男らしくて、それなのにすごくきれいなんだ。
編み物が得意な和希はすごく器用だから、なんて言うか…指使いもうまくて、俺はすぐに昇天してしまうんだ。
こうやってただ指を抜くだけでも、和希のは全然違う。
指をもっと奥まで飲み込んでいたくて、俺は和希をギュウっと締め付けていたっけ。
バカだな…遠い過去の思い出みたいに感じるなんて。
いつもそばにあって、当たり前のように与えられた温もりだったのに。
「…ぇ……?」
指を引き抜いたら…溢れてきたコレは何?
この白い、トロっとしたものは…
まさか…和希、の…?
和希が吐き出した俺への気持ち…?
さっきティッシュで拭いたはずなのに…。
あ…そっか。
ナカはそのままで、拭いたのは外側の肌だけだ。
和希の…俺のナカに残ってたんだ。
全部置いてきたわけじゃなかった。
俺の真っ黒な気持ちだけじゃなかった。
和希のあったかい気持ちも一緒に持って帰ってきてたんだ。
そっか。
そっか。
そっかぁ……。
バカだな、こんなことだけですごく嬉しいなんて。
また涙がたくさん込み上げてくるなんて。
ねぇこの和希のキオクは、俺の一部にしていいよね?
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