タンジョウビ

□Violet Eyes
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一月一日。
実家へも帰らずに、岩井は寮の自室のベッドで布団をかぶっていた。
時折せき込んで、苦しそうに身をよじった。
熱で朦朧とし潤む瞳で、視点が定まらない。
そんな岩井の手を優しくキュッと握りしめていてくれたのは、篠宮。
寝ず食わずで絵を書く岩井が倒れてしまうことは日常茶飯事だった。
だが今回はそれに風邪も重なって、いつもより気だるそうだ。
口を動かすのもやっと。
篠宮の作ってくれる粥さえ食べる気になれない。
それでもなんとか口に運んだが、熱で麻痺した感覚では、その味さえわからない…。
「すまない。篠宮は実家の手伝いがあったのに…」
「気にするな。卓人のカラダの方が大事だ」
篠宮の家は神社。
この時期一番忙しいはずの神社に、長男である篠宮が戻らないのは、家族にとってはイタイこと。
それでも、恋人である岩井のために寮に残ることは、篠宮自身にとっては当然のことのように思えた。
岩井を守りたい。
そばにいて、手を握っていてやりたい。
好きなのだから、愛しているのだから、その感情はコントロール出来るものではなく、こみ上げて来るもので。
どうしたらこの気持ちが、岩井に伝わるだろうか?
恋人なのに、うまく伝わらない。
その術を、不器用な彼らは知らないから。
だが岩井には、ひとつだけ自分の篠宮へのまっすぐな想いを表現する方法があった。
「卓人、あまり無理はするなよ?」
「……いつも、すまない。迷惑かける」
「迷惑だとは思っていない。むしろ…」
むしろ、一緒にいる時間が増えて、嬉しいくらいだ。
そう伝えても、岩井はいつも薄く微笑むだけで。
「……今度は何の絵を描いていたんだ?次のコンクールに出品するやつか?」
「……………」
岩井は答えなかった。
ただ言葉もなく篠宮の瞳を見つめて……僅かに頬を赤く染めながら微笑んだ。
「…おまえの」
消え入ってしまいそうなほどの、か細いで戸惑いがちに言葉を発する岩井。
熱のせいなのか、瞳は潤んでいた。
「……おまえの、目が好きだと思う。優しく澄んでいてあたたかくて、吸い込まれるような」
篠宮から視線を移して、ある一点を見つめる岩井。
視線の先には…一枚の絵。
瞳を奪うような鮮やかな紫が、キャンバスいっぱいに描かれている。
言ってしまえば、紫を塗りたくったような絵なのだが、どこかあたたかさを感じる絵だった。
「その色がどうしても出せなくて、時間がかかってしまった。篠宮へのプレゼントのつもりだったんだが、結果的にまた迷惑をかけてしまった。すまない──」
「たく…とっ」
本当に申し訳なさそうに肩を落とした岩井を、篠宮が抱きしめた。
華奢なカラダが壊れてしまいそうなほど、強く。
とても嬉しかったから。
恋人だと思っているのは、自分だけではないかと思っていたから。
一方的に想いを押し付けて、岩井を苦しめているのではないかと、ずっと思っていた。
でもそうではなかった。
岩井がどれほど篠宮を見つめ、どれほど篠宮を愛しているのか、絵を見るだけでわかる。
描かれた紫は、篠宮そのものだから。
魔法がかけられたかのような輝きを放つ紫の絵。
キラキラと瞬くその瞳のように。
「誕生日、おめでとう。篠宮がいてくれて、よかった…」
篠宮の鍛えられた腕できつく抱きしめられた岩井の細いカラダが、悲鳴をあげる。
壊れてしまいそうなほど。
でもそれは、篠宮の想いの強さだとわかるから、苦しくはない。
岩井もありったけの力をこめて、それ以上の想いをこめて篠宮を抱きしめる。
弓を引く篠宮ほどの力はないが、彼への気持ちが届くように。
「卓人…………。ありがとう…」
俺は絵を描くことしか出来ないから…と、岩井はいつもそう言う。
でもそうじゃない。
こんなにも篠宮を想い、篠宮を幸福感で満たしてくれる───。
これからは、誕生日は二人で過ごそう。
卒業してそれぞれの行く道が違っても、お互いがお互いを想う気持ちは変わらないから。
岩井の誕生日には篠宮が会いに行くから、篠宮の誕生日には、岩井が会いに来て。
彼らの道が、また二つに繋がる日まで。
彼らが、また同じ屋根の下で暮らし始めるまで──。


fin.
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