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□ぼくのそば
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「白澤様」
「なーに?」
「歯、くいしばってください」
「は?」
────パァン!
桜が俯ていた顔を上げたと同時に、左頬に衝撃が走った
不思議と痛みはそれほどなかった
「また妲己さんのお店で遊んできましたね」
静かに桜は話しかける
「あれ、僕行くって言ったっけ?」
「桃太郎君が教えてくれました」
白澤は「あちゃー」と額に手を当てる。それを見て、桜はまた眉間にしわを寄せた。
「いいですか、とぼけても無駄ですよ、白澤様。今月だけでも5回行っているでしょう」
「バレてたか」
「ひどいです」
「ごめんね」
「白澤様なんて大嫌い」
ひどい。も、
大嫌い。も、
遊んだ女の子はみんなそうやって自分のもとを去っていく。
泣きながら、僕を責める。
「殺殺処に堕ちればいいんです。むしろ堕ちろ」
「桜が言うとホントになりそうだからやめて」
ふつうの女の子なら、泣きながら僕のもとを去っていくけれど。
「白澤様は一度、地獄に堕ちてみるべきです」
桜だけは違う。
皮肉は言うくせに、僕の元から離れない。
たまに頑固で、それでいて我慢っ子だから、僕は今まで1度も桜が泣いてるとこを見たことがない。数百年一緒にいるのに。
「おいで」
ソファーに座り、膝をポンポンと叩く。
「機嫌とりですか?」
「それもあるけど、僕がしたいから」
「…………」
桜は相変わらずのしかめっ面で、だけどすんなりと僕に従った。
よいしょ、と僕の膝に座っている桜を横に向かせる。こうすれば顔も見える。ほら、目があった。
「……少し、腫れましたね」
そう言って桜は僕の左頬に指先だけ触れる。
さっきのしかめっ面とは違い、少し哀れむようなそれ。
「痛いですか?」
「ちょっとだけね」
「次は手加減してやりますよ」
「叩かないって選択はないの?」
「白澤様次第です」
言いながら、さすさすと僕の頬を撫ぜる。
桜の手はちょっとひんやりしてて、熱をもった頬には少し気持ちいい。
「私も今晩、白澤様に対抗してゴンさんのお店に行ってきます」
「その店ってホストでしょ?だめ。行かせない」
「どうして」
「桜は僕のそばにいればいいの」
「なんですかそれ」
白澤様はいつも側から居なくなるのに、なんだかずるい。
「じゃあ今日は1日中そばにいてください」
「お安い御用」
(君は離れないと信じてる)
end