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□迎え人
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ドアノブにかけた手は、力が抜けて重力に従い、するりと落ちた。
「う…っ、ひっく…」
鍵をかけ、自室に閉じこもりドアに寄り掛かったまま、泣いていた。
閉じこもってからどのくらい経ったかなんて把握していないし、着物の袖は涙で湿ってる。
何度も何度も頭の中を反響する、桃源郷できいた音と声。
扉の向こうから聞こえるあからさまな情事の声。
女の人の嬌声、軋む音、微かな水音。聞いた事のある、吐息。
遊びとは分かっていたのに。
「……っ」
嗚咽が止まらない。
はぁ、と息を整えたところでコンコンとノックの音がした。
「(誰……白澤様?…まさか)」
今日伺う予定だったのに、私がまだ来ないから地獄まで来たのだろうか。
コンコン、コンコンと鳴り続く音。
あぁ、どんな顔をして会えばいいんだろう。
「白…」
「桜」
「…え」
私の名を呼んだのは白澤様じゃなく、上司である鬼灯様の声だった。
「鬼灯、様…?」
「桜、居ますか?」
「あっ…はい。今、開けます…」
ガチャリと鍵を開けたと同時にドアが開いた。
「やはりここに居ましたか。」
「…どうして…?」
「とあるバカから連絡がありましてね。桜が桃源郷に来る予定なのに、まだ来ていないが知らないか、という内容でした」
「………………」
なんて人。
優しいんだか、最悪なんだか。
ぐす、と鼻を鳴らし鬼灯様を見る。
鬼灯様は私の顔を見るなり、溜息をついた。
「だから言ったでしょう。あの男に近づくとロクなことが無い、と」
「…ち、違います…」
「じゃあどうして泣いてるんです?」
「それは……」
また、溜息。
それを見てまた涙が出てきた。
「私が、いけないんです…遊ばれていたと分かっていたのに」
「あの男を庇うんですか」
「………」
「まったく、見てられませんね」
そう言って鬼灯様から抱きしめられた。
「最初から私を選んでおけば良かったんです。そうすれば、こんなに泣くこともなかった」
「…うるさい、です」
小さな声で精一杯の反抗。
鬼灯様のことは好きでした。
だから白澤様に相談しました。
それがきっかけで、こんなことになったんです。
「……………ばか」
小さく胸のなかで呟いた言葉。
誰に向けてかも、分からない。
END