□迎え人
1ページ/1ページ




ドアノブにかけた手は、力が抜けて重力に従い、するりと落ちた。



「う…っ、ひっく…」




鍵をかけ、自室に閉じこもりドアに寄り掛かったまま、泣いていた。


閉じこもってからどのくらい経ったかなんて把握していないし、着物の袖は涙で湿ってる。






何度も何度も頭の中を反響する、桃源郷できいた音と声。

扉の向こうから聞こえるあからさまな情事の声。

女の人の嬌声、軋む音、微かな水音。聞いた事のある、吐息。





遊びとは分かっていたのに。



「……っ」



嗚咽が止まらない。




はぁ、と息を整えたところでコンコンとノックの音がした。



「(誰……白澤様?…まさか)」



今日伺う予定だったのに、私がまだ来ないから地獄まで来たのだろうか。


コンコン、コンコンと鳴り続く音。



あぁ、どんな顔をして会えばいいんだろう。





「白…」

「桜」

「…え」




私の名を呼んだのは白澤様じゃなく、上司である鬼灯様の声だった。



「鬼灯、様…?」



「桜、居ますか?」


「あっ…はい。今、開けます…」



ガチャリと鍵を開けたと同時にドアが開いた。




「やはりここに居ましたか。」


「…どうして…?」


「とあるバカから連絡がありましてね。桜が桃源郷に来る予定なのに、まだ来ていないが知らないか、という内容でした」


「………………」


なんて人。

優しいんだか、最悪なんだか。




ぐす、と鼻を鳴らし鬼灯様を見る。


鬼灯様は私の顔を見るなり、溜息をついた。





「だから言ったでしょう。あの男に近づくとロクなことが無い、と」


「…ち、違います…」


「じゃあどうして泣いてるんです?」


「それは……」



また、溜息。
それを見てまた涙が出てきた。



「私が、いけないんです…遊ばれていたと分かっていたのに」


「あの男を庇うんですか」


「………」


「まったく、見てられませんね」



そう言って鬼灯様から抱きしめられた。




「最初から私を選んでおけば良かったんです。そうすれば、こんなに泣くこともなかった」




「…うるさい、です」




小さな声で精一杯の反抗。





鬼灯様のことは好きでした。
だから白澤様に相談しました。
それがきっかけで、こんなことになったんです。




「……………ばか」




小さく胸のなかで呟いた言葉。
誰に向けてかも、分からない。




END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ