□鬼のたわごと
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「私、桜のことを綺麗さっぱり諦めようと思います」






え?




「あきらめる…?」


どんっと鈍器の様なもので脳を叩かれたような衝撃を感じた気がした。胸の辺りが、ずうんと重たくなった気がした。
鬼灯様の仰っていることが理解できない。

鬼灯様は構わず真顔のまま話を続ける。




「不毛だと思うんです。いくら声をかけても桜は振り向いてくれない。」


「……………何をいきなり…」


「もっと早く気がつけば良かったんです。私は元々、桜とは合わない。」

「鬼灯様………?」

「桜はいつも私が会いに行くと迷惑だと言っていましたから、ちょうど良い機会でしたね。これからは私を気にせずに過ごしてください。」

「…………」






違う。迷惑なんかじゃない。
鬼灯様が言葉を吐くたび、なにか悪い方向に向かっているというのは直感で分かった。

鬼灯様がいなかったら私は。

私は?






「今後一切、私は仕事以外では桜には関わりません」







「………………」


「それでは私は仕事に戻らねばいけませんので、これにて。」




静かに私の上から退く鬼灯様。
金縛りにでもあったかのように私の身体は動かない。




「くれぐれも遅刻しないように。


………第二補佐官、桜さん」








ぱたん、と自室のドアが閉まる無機質な音がした。





どうして。


あんなに付きまとわれて、嫌だった。迷惑もしてた。

でももう仕事以外では関わらないと言われた。
ずっと悩み続けていた迷惑事が消えて、喜ぶべきだ。






なのにどうして、


天井をとらえている眼から、涙が流れる。息がしづらい。

嗚咽?



どうして私は、
泣いているんだろう。





壊れる音も聞こえないくらい、あっという間に終わってしまった。
布団の上にはまだ微かに鬼灯様の体温が残っていた。


気づけば、裸足のまま自室を飛びだしていた。



長い廊下を、着物が崩れるのも涙が口に入るのも構わず、嗚咽を漏らしながら走る。


廊下の先に見つけた、見慣れた朱い鬼灯が描かれた黒い着物。

私の足音に気づき振り返った鬼灯様の顔は驚いているようだったけれど、優しく抱き止めてくれた。


「桜…?」

「……です」

「え?」

「嘘です。嘘なんです…」

涙と鼻水と嗚咽と色んなものが混ざっている。

「振り向いてないのは、嘘です。迷惑といっているのも、嘘です。本当は、凄く嬉しいんです。」


「桜、言っていることがよく…」


「私は鬼灯様のことが好きです。鬼灯様がいないと私は、寂しいです」




長い廊下に響き渡る、私の声と嗚咽。




一時して、鬼灯様はため息をつきながら抱きしめたまま私の頭を撫でてくれた。




「まったく、可愛い人ですね。貴女は。」

「鬼灯、様」

「嘘ですよ」

「………え。」

「私が貴女の部屋で言ったことは全て、嘘です。たった1つ本当があったとすれば、諦めると言ったことです」

「やっぱり、わ…私を嫌いになりましたか?」

「いいえ。私が諦めたのは『貴女を諦める』ことです。最近なかなか冷たいので逆にこちらが冷たくしてみては、と思ったのですが…いやあ、思った以上でした」

「私をからかったんですか!?」

「えぇ。」

「信じられません!まったく、泣き損じゃないですか!これこそ…不毛じゃないですか…」

とんとん、と鬼灯様は優しく背中を叩いてくれる。
叩きながら、ため息をついた。

「それが不毛なんかじゃあ、ありませんでしたよ」

「どこがですか。」


私の涙を返してください。


「初めて桜から好きと言ってくれましたからね」

「え」

「その上泣きつきながら私を必要としてくれたんです。これ以上の収穫はありません」




どうか

どうか私の涙と一世一代の告白を返してください。

あ、あと合鍵も。




(私も好きですよ、と)
(鬼神は笑った)



end



あきらめましたよ どう諦めた
諦めきれぬと 諦めた

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