□あのときは。
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それはまだビルも車も電気もなく、蝋燭を灯りと馬を移動手段とし人々がまだ着物を着ていたくらい昔のこと。






『面白い方ですね』



『またいつか、お会いできるといいですね』



『桜は待ってます。』



とある鬼神が現世に赴いた際、ある1人の少女に出逢った。




『鬼灯さん』


『また会いましょう』


それっきり、彼女を現世で見ることは無かった。







ぐるぐるぐるぐる


鬼灯は書類と向き合い、筆を握ったまま夢と現との間をさ迷っていた。つまり、居眠り。


「鬼灯様」

「…………」



「鬼灯様!」

『鬼灯さん』

「居眠りですか?お疲れでしたら、後は私がしておきますから…」

『まあ、机に向かって寝て…風邪をひきますよ』



愛しい声が、時空を越え蘇る。
目を開かずとも今が夢か現かなんて区別はついた。


「鬼灯さ…」

「起きてますよ」

私としたことが、些か居眠りをしていました。


顔を上げると心配そうな顔をした桜。
時代は違えど、その顔は間違いなく鬼灯が数百年前現世で見た少女と同じ顔。


「…………な、なんですか。人の顔をじろじろと…もしかして私顔に何かついてますか?」


「いえ」


じい、と見つめればみるみる赤くなる桜





「………覚えているはずがありませんね」

「へ?」

「いえ、桜の顔はいつ見ても可愛いな、と。」

「まだ頭の中寝てるんですか?寝言は夢の中だけにしてください」

「照れる桜も可愛いです」

「う…うるさいですよ」

これ、書類です。と机の上に置くと桜は顔を真っ赤にして足早に鬼灯の部屋を出ていってしまった。



小さなため息を1つ。
これぞまさに青息吐息。




「過去に浸ってるようじゃ、駄目ですね。」


鬼灯は再びペンを持ち直し、書きかけた書類に目をやる。





「……………。」



こんど、"私は依然、生前の桜と会ったことがあり、婚約をしていた"なんて言ってみようか。


今の彼女はどんな反応をするだろう。






(笑った顔も好きですが)
(やはり赤面して困惑している表情は格別ですね。)



鬼は悪戯事を思案しながらペンをすすめた。





end

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