□居眠り子
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目の前の書類は尽きることを知らない。


頭の中がどんどこ、どんどこと叩かれているような感覚に襲われる。



疲れと睡眠が私の思考回路の邪魔をする。

それでも筆を持つ手を止めずに机に向かう。



第二次補佐官。地獄の事務業統括を任せられた身、途中断念などもっての外。
鬼灯様が官房長官とするなら、私は総務官といったところだ。




自分の名を記名して判子を押す。


慣れた手つきでそれらを行うが、今自分が何についての書類を整理しているのかすら把握していない。


判子を押した書類を一つにまとめる。しかし手をつけていない書類はまだ半分以上。


まだ目を通していない書類を睨みつけ、手を止めて、カップに注いである冷めきったコーヒーを啜る。



大丈夫…。



「この書類の山を片付ければ、私は寝れる…」


重い瞼を擦る。

化粧も崩れているに違いない。
いわゆる徹夜。しかも30時間連勤。


家には帰っておらず、睡眠も仕事部屋のソファーで横になる程度。

あぁ……誰か私を褒めて。






「すごい顔ですよ」

「……居たんですか、鬼灯様」

「えぇ」

「いつからいました?」

「かれこれ30分ほど桜を眺めていました」

「どんだけ気配殺してたんですか。早く言ってください」


「桜の睡魔と闘っている顔を見てたら面白くてつい…」

「つい、じゃないです。そんな『てへ』っみたいな顔しても似合いませんよ」

「桜が『てへっ』と言うとなんだか可愛いですね」

「鬼灯様が言うと逆に恐怖を覚えます」

「ありがとうございます」

「褒めてませんよ」


どんよりとしていた眠気がだんだん覚めていくのが分かった。

コーヒーのカフェインより、鬼灯様のほうが眠気覚ましにはいいのかもしれない。



「まだ書類残ってるんですか」

机上の書類に目をやり、嫌味ったらしく言う鬼灯様。


「………これでも昨日の夕方からしてるんです」

「お疲れ様です。…やはり、事務職といえどなかなかどうして忙しいものですね」


「地獄の移り変わりも早いですからね。廃止になった地獄の手続きなんかも大変なんです」



各地獄の事務書類確認に先日の会議で廃止になった地獄、内容改定になった地獄の書類審査………すべての書類を任せられた時に思ったことはただ一つ。


『あぁ、今日は帰れないのね』




「鬼灯様も徹夜だったんですか?」


未だに立ち去ろうとしない鬼神にふと尋ねてみる。


「いえ。私はもう終わりです。……ただ、帰る前に、」

「?…」

「桜が徹夜真っ最中だと聞いて、茶化しに行こうと思いまして」

「迷惑だろうとか考えなかったんですか貴方は」

「桜が私に会いたがっているだろうとも思いました。」

「思ってません帰ってください今すぐ」

「冗談ですよ」

「……………。」




無性に、腹が立つ。こっちは眠気を我慢して仕事しているのに。
今握っている筆を投げつけてやりたいくらいだ。
…………相手が鬼灯様だから、しないけど。



「でも、桜に会いに行こうと思ったのは本当です。」

「……疲れてるんでしょう?早くお帰りください」

「えぇ、帰ります」



その前に、と鬼灯が此方に近づいてくる。
…なんだ、また何かあるのだろうか。…悪戯とか?





「…え……鬼灯さ、…!!?」




すたすたと私の元に歩いてきた鬼灯様に、いきなり横から抱きしめられた。

椅子に座ったままの私と立ったままの鬼灯様。

ちょうど頬が鬼灯様の帯に当ってこそばゆい。



「あの……鬼灯様…?」


息を吸うと微かな煙管の匂いと、墨の匂いと、薬の匂いがした。
頭を鬼灯様に撫ぜられる。


「眠気は覚めましたか?」

「は…はい。」


「徹夜、頑張ってください。」

「はい。」


「頼りにしてますよ、桜」

「…はい。」


「結婚してください」

「は…………いいえ。」



「チッ…」

…いかんいかん!飲みこまれるところだった。
それよりも今舌打ちしましたねこの鬼神様…。



「なんですか、どさくさに紛れて結婚してくださいって!」

「そこは『はい』と返事するべきでしょう」

「しませんよ!本当、油断も隙もないですね」



已然として私は抱きしめられたまま。
顔をあげると鬼灯様の端正な顔がそこにはあって。思わず顔を伏せてしまった。






(台無しです)


END

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