恋話あります

□『お見合いしました』
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その年の五月は、ルドフィア公爵の庶子ミルフィールの話題で持ちきりだった。
アリナリーゼの兄セドアレンも、社交界デビューした噂の美少女に夢中だ。しかし次男のカートヴィックは噂なんて聞こえていないかのように、その舞踏会で出来た恋人の話でのろけていたので、ヴァルガー侯爵家ではそんなに持ちきりでもなかった、とも言える。
「ところでリーゼ、ルドフィア公爵のお孫さんと見合いしてみる気はないか?」
そしてアリナリーゼは美少女所の騒ぎではなかった。思いがけない祖父の言葉に硬直してしまう。
そもそもアリナリーゼは対人恐怖症の気がある。社交界も一度出て以来、恐ろしくて近づいていなかった。それゆえに来た話だろうが、アリナリーゼはまだ十五歳である。当分安泰だと思っていた。
「ルドフィアって……ヴァンルースか?弟のブルーフォスか?あ、でもブルーはまだ十四歳か。年下か」
「ヴァンルースだよ。やはり向こうも順番なんだろうね」
祖父は怪しいくらいににこやかだった。カートヴィックは友人のようで「悪い奴じゃない」と言うが、アリナリーゼはそんな見たこともない人間と見合いだなんて、考えただけで倒れそうだ。
「わ、わた、わたし、む、無理っ!」
「会ってみるだけでもいいんだよ、リーゼ。少しずつ慣れればいい」
「な、な、な、何回も、し、したくないっ」
「じゃあ一回で決めたら?」
次兄は無責任だった。自分は恋人を作って幸せいっぱいなので、妹がどうなろうとかまわないようである。
「待て、リーゼ。ルドフィア公爵といえばミルフィールの父君!これはお近づきになるチャンスだ−!」
「兄上は関係ないだろ」
「いや、ある。リーゼ、ぜひともそのヴァンなんたらと見合いを、いや婚約を!」
「妹の人生をダシに使うんじゃねぇ!」
無責任発言をしていた次兄も、さらに上をいく身勝手な長兄に怒っていた。祖父も、聞いていた両親も、セドアレンには頭を抱えている。
アリナリーゼはどちらにせよ見合いは決定らしく、途方に暮れてしまったのだった。


見合い当日、アリナリーゼは本気で倒れそうなほど緊張していた。相手の青年が無愛想だったので悲嘆に暮れたくなった。
「あ」「う」「は」以外の言葉を口にした覚えもないまま見合いは進む。そして話を振られても動けないアリナリーゼの代わりに祖父が応じているうちに終わったようだ。
祖父も「はやまったか……」と窓の外を眺めていたものだ。
「どうする、リーゼ。見合いをくり返す気で断るか、相手の返事に身をまかせるか」
「わ、わたし、いかず後家で、いい……」
「……う、うむ、いや、頑張るんだリーゼ!」
励まされたところでアリナリーゼはもう頑張れそうにない。
しかし断るかどうかも決めかねていると、何故か相手は「結婚を前提としたお付き合いをお願いしたい」と言ってきた。
「カ、カート!おまえの友人だろう!?アレか!?女性のほうから断って下さいっていうアレか!?気遣いか!?」
「知らねえ」
「その気にして頷いたら迷惑か!?ちょっと聞いてきなさいっ」
「……まあ、そうだよな。確認しとく」
そして確認したところ、本気でアリナリーゼと付き合ってもいいと思ったそうだ。
「お、お、おつ、お付き合いって、な、何、するのっ!?」
「んー?ヴァンに合わせていればいいよ」
見合い以上に困難なものが待ち構えていたのふいた。きっとお付き合いには付き添い人はいないのだ。そのくらいはわかるものの、何をどうしたらいいのか、さっぱりわからなかった。


ヴァンルースは無愛想で無口な男だった。
きっとアリナリーゼ同様モテないのだ。見合いをしてみて相手が断らないから、もうこれでいいや、みたいなノリなのだ。
アリナリーゼはそう思うことにした。
誘われてデートをしても、互いに無言のまま時は過ぎる。気まずさだけしかない逢瀬の果てに何があるのか、アリナリーゼにはわからない。
だがその割にヴァンルースはまめにアリナリーゼを誘った。無言のまま美術館見物をしたり、劇を観たり、公園を歩いたり、あまり人のいない所を回る。進展というと、手をつないで歩くようになったことだろうか。
アリナリーゼは恥ずかしいのだが、少しずつ悪くないと思えるようになった。恋ではない気もするし、好かれる予定もないのだが、ヴァンルースならいいかなと思うのだ。
きっと静かに日々は過ぎるだろう。たった一人よりも、ヴァンルースが傍にいる。それは悪くないことにも思えていた。
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