短編


□sweet prince
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朦朧とする意識。


目が覚めると見覚えのない天井。起き上がろうとすると足に走る痛み。
そういや昨日、あるマフィアを一人で潰した時に怪我したんだっけ。


首だけ左に動かすとソファの上で寒そうに縮こまって眠る女がひとり。白い肌に艶やかな長い茶髪。俺が寝てるのは温かいベッドで…。


「…。」


ぐっ、と胸の辺りが少し熱を持つ。優しくされたりすると、どうすればいいか分からない。
俺は優しさなんてものとは縁のない裏の世界しか知らないから。


怪我が治るまでこの女を利用しようとしてるだけなのに。


『ん…』


きょんが身じろいで目をゆっくりと開く。頬には俺がつけた赤い線。こいつは昨日俺がナイフを向けても俺の目を真っ直ぐ見ていた。しかも薬を飲め、だと。


そんな女見たことなかったから、俺はこの女が気に入った。


「起きた?」


『あっ…』


一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに奴は頬を緩めた。


『おはようございますベルさん。』


「…はよ。」


…なんで俺にそんな風に笑うんだよ。


『ご飯食べたら、お薬飲みましょうね。』


「餓鬼みたいに言うなよ。…なぁ、なんでお前俺を追い出さねーの?」


『え…怪我人追い出したり出来ないです。それに言ったってきっとアナタは出ていかないでしょう。』


そう言って笑うと、キッチンへ消えていった。


「ししっ」


変わった奴。嫌いじゃねぇ。
そんなことを考えてると、あいつがタオルが入った湯気がたつ桶を持って戻ってきた。


『その怪我じゃ一週間はお風呂入れないので、体拭いた方が良いですよね。』


きょんはベッドの横に膝をつくと、突然俺のワイシャツのボタンを外しだした。


「お…おい。」


ボタンを外しながら目線だけこちらに向けてくる。


『どうしました?お腹すきましたか?』


いや、そうじゃねーよ。
そう簡単に男の体触るなよ。
開いたシャツの間から、温かいタオルが入ってくる。
天然でやってるのか、誘ってるのか。


でも首辺りを撫でられれば気持ち良くなってきて、目を細めていると、


『…ベルさんって猫ちゃんみたいですね。』


そう言って、頭を撫でてくる。普段人に触らせたりしないんだけど、何故かこいつには振り払う気が起きない。


「…。」


『はい。終わりです!ご飯はパンで良いですか?良いですよね。』


「…パンしかねぇんだろ。」


『…ばれました?』


ちろっと舌を出すきょんに少しきゅんっとしてしまったのは秘密だ。
なんかこいつのペースに乗せられてる気がする。庶民のクセに生意気…


きょんは、出席日数は十分足りてるから、と学校を休んでくれた。


ピルルルル…

ピルルルル…


すると不意にきょんの携帯が鳴り出した。ちょっとごめんね、と言ってきょんは電話に出た。


『はい。もしもし?どうしたの?…え、合コン?』


『あー、私はいいやそういうの。折角だけどごめんね。』


そう言って電話を切った。
どうやら合コンのお誘いを断ったらしい。


「良いのかよ?合コンとか行かなきゃ誰もお前なんか相手にしなさそーじゃん!しっしっし」


『なっ…ひ…ひどいです!』


しゅんとうなだれるきょん。
でもどうやらこの反応だと、男はいないらしい。
でもきょんはそこいらのモデルには負けないルックスだと思う。


しかも性格も嫌いじゃねぇ。


「おい。」


『えっ』


俺はきょんの腕を掴んだ。そしてグイッと引っ張り、そのまま自分へ引き寄せた。


『ひゃっ』


まぁ、ほんの出来心だった。


至近距離にあるきょんの顔はだんだん真っ赤になっていく。白い肌に余計際立つ。そんなきょんを見て、俺は楽しくなってきた。


『…っ』


「きょん、お前俺の女にしてやるよ。」


『へっ…?』


「へっ…じゃねぇよ。ありがとうございます、だろ」


きょんに顔を近づけていく。すると俺の胸板を一生懸命に押し返そうとしてくる。


『ちょっ…待っ…!なんで…』


「待たねーし。」


その白い顔に顔を近づけ、そして唇と唇が触れた。


…と思ったけど俺の唇が触れたのはきょんの手のひらで。
自分の唇の前に両手をかまえている。顔は相変わらず真っ赤で。


きょんはぱっとベッドから離れ、ぱたぱたと走って行き、部屋の隅に縮こまってしまった。


そしてこちらを振り向いて、キッとうるうると涙目で睨みつけてきた。


『ベルさんのバカ…』



「…っ」




え…


これは計算してやってんのか?


可愛すぎんだけど。


こいつを弄ってやろうとしたら、逆に俺の方がダメージを受けてしまったのだった。


そして夜…


『そんなの無理です…』


今日は一日、きょんは俺に近づいてはくれなかった。


そして俺をベッドに寝かせ、また自分はソファに寝ようとする。最近肌寒くなってきたし、それじゃあ風邪ひくと思う。


「良いからこっち来いって!何もしねーから!」


『無理…無理無理です。』


「…ソファで寝るなら、寝込みを襲うぜ?」


『っ…!』


「黙ってこっち来い。」


布団をめくって、俺の横をポンポンと叩くと、観念したような、拗ねたような顔をしてきょんがこっちへ来た。



『何も…しないでくださいね。』


「しねーって。」


布団にきょんを包み、リモコンで電気を消すと、きょんの息遣いが至近距離で聞こえてくる。


「…。」


しばらく経ってもきょんからは寝息は聞こえてこない。
ため息をついたり寝返りをうったりしている。



すると、



バサッ



『きゃっ…』



突然棚から本が落ちて、それに驚いたきょんが俺の胸にしがみついてきた。窓が開いているから、風で落ちただけだろう。


「ただの風だろ。」


『…実はこの間金縛りにあって』


「…怖えーんだ?ししっ」


と、ただ馬鹿にしたつもりだった。でもきょんは小さく頷くとぎゅっと襟元を掴んできたのだ。
…ちょっとまずいな。
うずいてくる俺の本能。変な気持ちになってきた。



「…なぁ、前言撤回していい?」


『やっ…やっぱり風じゃなくてお化けですか!?』


「馬鹿ちげーよ。…それじゃなくて」


ぎゅっときょんを腕に閉じ込めて、耳に唇を寄せて囁いた。


「何もしない、って言ったこと。ししっ」


『はっ…!?』


耳に寄せていた唇をそのまま首筋に這わせると、きょんの体がびくっと跳ねた。


『やっ…ちょっ…』


「やわらけ…」


『っ…!!調子にっ…乗らないでっ!!』


ガッ


「いっっ…!!」


ドスン


ベッドから蹴飛ばされて落とされてしまった。


『床で寝ればっ!!馬鹿っ!』


真っ赤な顔して怒るきょん



「きょんが可愛くてついついさぁ〜。寒いからいれて。」


『やだ!私のベッドです!出ていけ馬鹿!』


「もう絶対しないから〜。なっ」


『…もうっ』



なんやかんやで俺はこいつが気に入った。
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