短編
□sweet prince
1ページ/5ページ
偶然、必然…
そんなの誰にも分からない。
sweet my prince
「なぁ、まだ?腹へったーっ」
『もうすぐですから待ってくださいね。』
「子供に言い聞かせるみたいに言うなよ。むかつくなー。」
『もう…我儘…』
この人は本当に自分勝手だ。
ベルさんが家に居候し出してからもう三年くらい経つかな…?
あの日はいつものように大学から帰って来て、家の扉を開けると家の中から異臭がした…。
玄関から部屋の仲間で伝う赤い水滴が、それが血の匂いだと分からせた。
私はつばを呑み、持っていた傘を両手で構えた。
部屋の中に静かに足音を忍ばせて入って行く…が、
ヒュッ
突然耳の横を何かが通り過ぎる音。後ろの壁にはナイフが突き刺さっていて、私の頬には痛みが走り、暖かい何かが流れる。
『…っ』
このままじゃ危ない…!
その場から逃げようと後ろを向くと、突然聞こえて来たのはクセのある男の人の声。
「逃げても無駄だから。こっちこいよ。」
どうしよう…。
震える足で男の声がする方に向かう。足元には転々と赤い雫が垂れている。
リビングに行くと、よりいっそう血の匂いがきつくなる。
ソファの向こうには人影がある。
「女か…。なぁ包帯ある?」
『あ…あります。』
私は急いで救急箱を戸棚から出す。
怪我をしているらしい。荒い息遣いが聞こえてくる。
救急箱を持ってその人の所へ行く…。
思っていたよりも若い外国人が座っていた。
くるくるした髪の毛で、随分前髪が長くて目は見えない。
『っ…』
太ももから膝にかけてズボンが裂けている。床には血が溜まっていた。
「突っ立ってねぇで…手当てしろよ。」
『は…はい。』
私は一応看護学校に通っていて、それなりの手当ての仕方は心得ている。
でも、こんな酷い怪我を見たのは初めてだった。
手が震えて上手く力が入らない。
とりあえず紐で縛って血の流れを止め、傷のまわりの血を拭き取る。どうしても衣服の上だとやりにくい…。
『ズボン…切っちゃいますね?』
「あぁ。」
ジョキジョキとズボンを切っていくと露わになる深い切り傷。
一体何をしたらこんな傷…。
男の人は傷の周りの消毒をしてもうめき声ひとつあげない。
相当痛い筈なのに…。
傷口の処置を終えて、なるべくきつく包帯を巻いた。
「手際いーじゃん。」
『看護学生ですから…。』
なんて偉そうな人なんだろう。
ナイフなんて持って…
危ない人…。怖い。
でも私は痛み止めの飲み薬を用意した。こんな酷い傷でも少しくらいは効果あると思うから…。
『これ…飲めますか?』
「苦いだろそれ…飲みたくない」
『…はい?』
良い大人がどんな我儘ですか?
『飲んでください。じゃないと痛いままですよ。ていうか病院行きましょう。』
「全然痛くねぇし。だって俺王子で天才だからさ。それに病院は無理。困る国が出てくんだよ。」
『…』
そういえば頭に高そうなティアラが乗っている。外国人だし、王子っぽいかもしれないけど。
王子で天才だと痛みを感じないなんて聞いたことない。
べしんっ
「いっ…てぇ!!!!」
彼の膝を平手で叩いた。
『軽く叩いただけですよ。薬飲んでください。』
チャ…
彼はまた私にナイフを向けた。
「生意気言うと殺すぜ?」
『っ…飲んでください!』
薬を押し付ける。
ナイフを向けられてるのに私はなんでこんな強気なんだろう。
負けず嫌いな性分なんです。
「…ふーん。」
何故か私に向けていたナイフをしまう自称王子。口元はニヤリと笑っている。
「いいよ。そこまで言うなら飲んでやるよ。」
そう言うとグイッと薬を飲み干した。
そして男の顔は歪んでく。
「にっ…にっげぇ〜っ」
『良薬口に苦し、ですよ』
「てめ…、殺す。」
『すっ…すぐに殺すって言わないでください!ていうかあなた一体誰なんですか?!勝手に人の家に上がり込んで!』
「だから言ってんじゃん。俺王子。名前は…知りたい?」
『っ…』
男はグッと身を乗り出して距離を縮めてくる。
私はびっくりしてコテンと後ろに転けてしまった。
男はすかさずその私の上に覆いかぶさる形でフローリングの床に手をついた。
「なぁ、知りたい?知りたかったらお願いしてみ?可愛くな。」
『しっ…知りたくない!興味ない!離れてっ!』
中学から女子校で、現在看護学校の女子寮にいる私は、こんなに男の人と近づいたのは初めてだった。
「しっしっし…俺、ベル。ベルフェゴール。」
『…聞いてないんですけど。』
「可愛くねぇなー。お前は?」
『きょん…』
あまりに近い距離に、目をそらして答えた。
「俺、怪我治るまでここにいる事にしたから。」
『は…』
「…あとさ…俺ちょっと…やばいか…も。」
どさっ
突然ベルが私の上に倒れこんできた。
『…っ!?』
何かと思ったが、ベルの意識は完全に飛んでいた。
『…血が足りなくなったんですね。』
あれだけ出血してれば当たり前だよね。私はベッドに彼をよこたわらせて、血の掃除を始めた