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□対処法がない策士
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ザザーンと波の音と一人の少女の鼻歌が浜辺に響く。時刻はすでに夜。それなのに一人少女は夜道を進んでいた。
「ふーふんふーん♪」
少女、リコは苦し紛れだが自分の鼻歌で怖さを誤魔化しつつ、少し離れたスーパーを目指す。
サクサクとした砂を踏むのは楽しいのだが何分夜だ。真っ暗な夜道を一人で通って怖くないはずがない。
だが果敢にもリコは歩みを止めなかった。
「っ!」
ビクッと肩を揺らし、下を見れば踏んでいたのはビニール袋。
多分流れ着いたらしいそれにびびってどうすると一人渇を入れる。
涙目になりつつ再度歩き出そうとした時、後ろからポンと肩に手を置かれた。
「きゃああああっ!!!!」「リコっ!!?」
吃驚してしゃがみ込むと上から驚きの声が上がる。
その声が妙に聞き覚えがあって顔を上げるとそこには木吉が困惑したような表情で立っていた。
「鉄平…?」
「よっ」
手を上げて律儀に挨拶した彼にイラッときて、大声を上げる。
「よっ、じゃないわよ!吃驚させないでよね!」
「悪い悪いそんな驚くとは思わなくてな」
あっけらかんと笑う木吉に何を言っても無駄だと悟ったのかリコは一つ溜め息をつく。
しゃがまれて差し出された木吉の手を掴んで立ち上がると見上げる形になる。
「でもリコ。何で此処に?」
「だってアンタら疲れてるでしょ?で、買い物しようと一人で来たわけ」
「ああ…確かにな」
「あったり前でしょ?私が特別に組んだメニューなんだから」
遠い目をし始めた木吉に自慢気に微笑むリコと言う昼間でも見れる光景が夜の浜辺で繰り広げられていた。
「だからってこんな夜道に一人じゃ危ないだろ」
「別にヘーキよ!ほら、さっさと帰りなさい。明日もキッツーイメニュー組んであるんだから」
シッシッと追い払うように手を振ってリコは木吉を追い払おうとする。
踵を返した所で気がついたが、またこの暗い夜道を進まなくちゃいけないと思うとゾッとした。
そして沈黙していた木吉が真面目な顔でリコを見つめた。
「…リコ」
「…何よ」
一心に見られる真っ直ぐな視線に恥ずかしくなりながらも言い返すと木吉は本当に大真面目に言葉を続けた。
「俺に一人でこの暗い中帰れって言うのかよ」
「はぁ!?何で帰れないのよアンタ此処まで来れたんでしょ!」
「だって前にリコいるってわかってるしっ!」
「バカ!?アンタバカでしょ!?」
ぎゃあきゃあと言葉の押収を繰り返すとやっぱり木吉は木吉だったとリコは頭を抱える。
「…もう仕方ないわね。鉄平のバカは今に始まった話じゃないし」
「ハハっ。ありがとなリコ」
「ドーイタシマシテ」
笑う木吉に片言で答えると反対側を向いてリコはボソリと呟いた。
「…この策士め」
「何か言ったかー?」
「別に何でもないわよ。ほら行くんでしょ?さっさと行くわよ」
誤魔化すように歩き出すと左手に大きな手が重ねられる。
「っ!」
「これなら怖くないだろ?俺も、リコも」
ギュッと握られた体温は温かくて、自分とは違う男の手だった。
恥ずかしくなって急に顔が赤くなる。
今が夜で真っ暗で良かった。
今の顔、見せられたモンじゃないもの。きっと。
「……ホント、策士ね」
苦し紛れに呟いたそれは木吉に聞こえていたかもしれない。
【対処法がない策士】
end