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□全てを忘れたその時も
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思えば昔から物覚えが悪かった気がする。
小さい頃…っても幼稚園に通ってたか保育園に通ってたかもはっきりと覚えていない。
それ所か渡米する前の記憶なんてかなり朧気だ。
そんな俺だから人の顔を覚えるのも苦手で、アメリカの友人は勿論覚えているがそれ以外となるとからっきしだな。
よくアレックスにどやされ、タツヤに呆れられたものだった。
「まあ記憶と言うものは忘れていくものですし、多少は仕方ないでしょう」
部活が終わってから立ち寄ったいつものマジバ。
俺の前にはハンバーガーが山のように積んであるし(これでも軽めだ)、目の前で黒子はバニラシェイクを啜っていた。
「僕は結構覚えている方ですけど幼少期とかはやっぱり忘れてますし」
「あー…。だよなぁ。そりゃ仕方ねぇよな」
「……それでも、」
曖昧な返事を返す俺に真っ直ぐで黒子は俺の目を見つめて言った。
「それでも僕は君と過ごした日々を忘れないでいたいです」
きっと俺は忘れない。
汗を流し、戦って来たコートを。
びっくりしながらも相席した此処も。
ふざけて笑いあった教室を。
時には喧嘩もしたけれど、最終的にはどっちかが折れたことも。
空気に溶けてしまいそうな水色を持つ影と一瞬に過ごしていく毎日を。
俺は確かに物覚えが悪いし、忘れっぽいかもしれない。
でもコイツの顔だけはしっかり覚えてると決めた。
これからも隣にいるだろう相棒“黒子テツヤ”を。
手を伸ばし、水色の頭をかき混ぜると痛いですと言ったのにどかそうとはしなかった。
「『過ごした』じゃなくて『過ごす』だし、『忘れないでいたい』じゃなくて『忘れない』だろ」
俺の言葉に水色の目を見開いて、驚いてんだなとわかった。
手を離して黒子の頭を見れば見事にぐしゃぐしゃだった。
手櫛で直してやればくすぐったそうに身を捩る。
それから黒子はふっと微笑むと嬉しそうに笑って見せたのだった。
【全てを忘れたその時も】
必ず隣にいると決めた。
end