捧げ物、頂き物

□虚言癖ありけり
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虚言癖ありけり



「黒子くん? 大丈夫?」
「だい・・・・・・じょうぶ、です」
 全然大丈夫じゃない声音で、堂々と嘘を吐くとは根性が据わっている。
 ガタガタと揺れる電車の中で、座席に座ったまま俯いて動かなくなっている黒子である。さっきから呼びかけても、譫言じみた虚勢しか返って来ない。

 つり革にぶら下がっていたリコは、嘆息する。
「よし、みんな。次の駅で降りて休憩しましょ、帰りなんだし時間がかかっても大丈夫」
「りょうかーい」
 その場にいたバスケ部メンバーは、いいお返事だ。

「じゃあ、誰か一年が黒子の荷物持ってってやれ」
「つーか、カントクの救急箱だのポカリのあまりだのも持ちますよ」
「あら、ありがとう。いいわね、将来こういう子が日本を引っ張っていくんだわ」
「大げさな」
言い出したやつが慌てて両手を振った。荷物と一緒に日本を背負わされてしまってはたまらない。
ワイワイとマナーを破らない程度に団欒しながら、試合後の誠凛バスケ部を乗せた電車は進んでいた。


黒子の技の特性を分析したチームとは、僅差で誠凛が勝利という結果に終わった。
 一枚も二枚も上手のミスディレクションは、今更ながら有限の資源であったことを思い知らされる。
 現に、黒子はくたくただった。
 試合が終わって充分に休憩は取らせたものの、体中の神経が疲れ果てているらしく反応が鈍い。
元々の症状は車酔いなんだから、電車に乗りながらの移動は酷だろう。
 というわけで、いちいち駅で降りて数十分の休憩を挟んでいるわけなのだが、

「この分だと徒歩の方がよかったかもね」
「あー、なのかなー」
 リコと伊月の二人が、時刻表を確認しながら話している。
「多少時間はかかっても、たぶん外の風に当たってた方が楽だろうし」
「こういうとき、やっぱ顧問の力とか借りたいよな。荷物だけ車で学校まで送ってもらうこともできるだろうし」
「あぁ、ほしいほしい。さすがに無免許運転は」
「ダメだぞー、カントク」
「ダメよねー、知ってる」
 だんだん話が危うい方向に逸れてきた。

 ごほん、と主将が咳払いをして、
「まぁ、帰りなんだし急ぐ必要もないんだろ? じゃあのんびり行くのもいいんじゃないか」
「そうね。じゃあ日向くん、十八歳になったら車係をお願い」
「その頃受験だからな、俺は」

 そのときだった。
 対向車線に電車が入る。ごぅぅぅ、と響く空気の音に皆が身を震わせたとき、

「いっ――――・・・・・・!」

 悲鳴のような声は、聞き間違えようのない黒子のものである。
 振り向くと、彼は両耳を塞いでその場にうずくまっていた。
「黒子!?」
 駆け寄ると、細身の身体は痙攣でも起こしたようにガクガク震えている。
顔面はすでに血の気を失って、黒目はぐらぐらと不自然なくらいに揺れていた。

過敏になりすぎている神経が、限界に近い。

「すみ、ませ・・・・・・。ちょっと、抜けて――――」
「いいよ! 抜けていいから!」
 当然、即答だった。


▲▽▲▽


 数分後、黒子は口元をハンカチで押さえながら駅のトイレから出てきた。
 急くような足取りで数歩進んで、足がもつれて前のめりに突っ伏す。そのまま転びそうになったところを、正面から支えられた。
「へ・・・・・・?」
 呆けた声を上げると、そこにいたのは火神だった。
「大丈夫かよ。歩けるか?」
「あー・・・・・・、どうもです」
 周囲に人がいなかったこともあって、素直にしなだれかかる。
「他のみんなは?」
「先に行ってもらった。お前、しばらく戻って来ねぇだろうと思ったからな」
「なんとまあ」
「は?」
「気が利いちゃう火神くんは、なんとなく偽物臭が」
「弱ってる奴が減らず口を叩くなっつの」
 理不尽な正論で怒られた。
 というか、こっちの頭がうまく働かないときにサラリと正しいことを言わないでほしい。うっかり言いくるめられてしまいそうになる。

 って、つまり。

「おい?」
「・・・・・・・・・・」
 返事をしない。
 ぐてー、と子供のようにもたれかかると、火神は訝しげな顔をしてきた。
「んだよ、急に」
「とくには」
 うーん、ただ強いて言うなら、なんとなく。
「もういいかなぁ、と」

 みんな先に行ってくれたなら。もう誰もいないなら。
 火神がそう提案してくれたのなら。火神が残ってくれたから。

「もういいかなぁ、って」
 意味もなく繰り返す。
 と、柔らかに風に凪いでいた黒子の髪に、すぅっと火神の指が絡められた。
 気持ちいい。
 撫でるように梳かれてもう素直にそう思ってもいいかなぁ、とか。
 なんとか、思ってみたり。

「お前、わりと分かりやすく気ぃ張ってるよな」
「さぁ・・・・・・? わりと分かりやすく、気を抜いてるんじゃないですか」
 あぁ、ダメだ。あんまり調子に乗って喋りすぎると、吐き気がぶり返す。
 口元に強くハンカチを押し当てて、黒子はぼやいた。

「というか・・・・・・誰にでも抜くような『気』を持ち合わせているほど、犬科ではないです」
 あなただから、なんていう陳腐な言葉は言わない。
 言ってたまるか。

「たぶん、調子悪いからでしょうね」
「ん、何が」
「なんとなく、いてくれてありがたいです」
 いや、違うな。
 わずかに微笑んで、黒子は呟く。

「ちょっと今、かっこいいとか思ったりしてます」




以下、後書きです。
 もっと火黒やればよかった、と。今そんなこと考えつつ「うがががががが・・・!」ってなってます。火黒すきです。
 袋のネズミは続編書きたい書きたいとずっと思っていたので、リクエストありがたかったです。
 常盤様、素敵なリクエストありがとうございました。よかったらお納めください。
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