965long

□この熱を冷ますには足りないよ
1ページ/5ページ


目を覚ますと初夏特有の生暖かい風がすり抜ける。
見えたのは天井じゃなくて紫色だった。

「室ちんおはよー。大丈夫?」
「あぁ。大丈夫だよ」

今回は本当に大丈夫なようで氷室はゆっくりと起き上がる。
相変わらず紫原の周りは動物で溢れていたが。

「やっぱりなかなか早く起きれないもんだな」
「早く起きなくていいんだよ、室ちん怪我人なんだし」

寝起きでぐしゃぐしゃの黒髪を撫でて寝癖を直してやれば、簡単に癖はなくなっていく。

「ちょっといいか?」

襖の向こうから声が聞こえて氷室が返事を返せば、日向と盆を持った伊月が入ってきた。

「はい、氷室さんご飯と薬です」
「薬、苦手かもしれねーけどちゃんと飲めよ」
「はい。ありがとうございます」
「敬語いらねーよ。伊月もだ」
「え、あ、うん」
「わかった」

氷室は戸惑いながら、伊月はあっさりと頷く。

盆ごと渡されれ、受け取ると氷室は行儀よく手を合わせてから食べ始めた。

だが紫原は違うところが気になったらしい。

「何それ室ちん、まさか薬飲まなかったことあったわけ?」
「う…、まぁ…」
「室ちーん」
「とりあえず聞いてくれるか?」

喧嘩しだしそうになった二人を諫めるように日向が声をかけると、二人は静かになった。

「お前の容態だが安定してきてる。だが、一番乗り外傷の多かった足は…」
「室ちんの足、治らないの?」
「アツシ」

大きな身体を乗り出し迫ってくる紫原の名を呼んだ氷室は驚く程冷静だった。
日向は息を吐き出すと表情を崩す。

「そう焦るな。そうは言ってねぇよ。
安心しろちゃんと治るぜ。
ただしばらくは長時間歩くなってだけだ」
「そう、か」
「良かったね、室ちん」

胸を撫で下ろす氷室と同じように紫原も安心する。

妖怪の身体だって、無敵ではないのだ。
元々人であった種族だから少しだけ頑丈になった程度の者も多いのだから。

「あぁそれと」

付け足すように日向が言うと後ろから一枚の着物を取り出して、氷室に差し出した。

「お前の羽織っていた着物だ」

きっと赤く染まってしまってあっただろうそれは、綺麗になっていた。
白く、下の方に結晶が散りばめられた着物を受け取ると氷室はそれを大事そうに抱き締める。

「良かった…!」

その着物に何があるかは知らないが、氷室に取って大事なものだと言うことは紫原にもわかった。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ