965long

□冷たい唇にどうか熱を
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以前黒子は言っていた。

自分は光に魅入られ、追い求めて、自ら棄てたのだと。例えるなら深海の魚。

生まれた時から周りは真っ暗で光を求めて手を伸ばしても届くことはない。

光を得ようと上がると気圧に耐えられなくて死んでしまうから結局その想いを棄て、暗闇に留まるしかない。


そうなら俺はどうやったらお前を救えるのだろうか。





あんなに長いと思っていた入院生活も思えば黒子が来てからあっという間で、もっと早くに会いたかったとさえ思うようになっていた。

そしてタイムリミットは刻一刻と迫っている。

俺が退院するまで後2日。
黒子が消えるまで…後、2日。

ベッドの上でボールを回していると黒子はそれを目で追う。

そうしてふと思い立ったように黒子は火神のボールを取った。

「火神君。君のバスケが見たいです」
「俺もやりたいと思ってたしいいぜ。じゃあ近くに公園あるし其処まで行くか!」

喜々としてベッドから飛び降りると火神はさっさと着替えて病室を飛び出した。





病院から出て徒歩一分で着いた公園にはバスケコートがあって慣れたように火神は入っていく。

黒子は病室から出れないんじゃ…と言う心配は杞憂に終わり、今は自分の20cm以上下でトコトコと着いてくる。

柵越しに太陽の光を浴びてめいいっぱい花開く向日葵の黄色が眩しい。

久々のバスケコートにテンションが上がって行くのを感じているとそう言えばと黒子が切り出した。

「何だよ」
「僕、バスケ出来るかわからないです」
「あー…、じゃあ立ってるだけでいいから」

余談だが黒子は自分の名前と親の名前位しか覚えていなかった。
だから黒子がバスケを出来るかわからないと言っても当然だろう。

ボールをつき始めて目の前に黒子が立つのを確認すると火神は嬉しそうに声をあげた。

「じゃ、行くぞ!」

走って黒子を避けてから目指すのはゴールのリング。
其処に向けてジャンプをしてリングにボールを押し込んだ。

「…っと!」
「凄い…!」

ダンクから着地すると黒子が後ろで揺れるリングと火神を見つめる。

「ねぇ火神君」
「何だよ」

転がって行ったボールを黒子が拾うと太陽の光を浴びてその身体が透けて見えた。

ふわりと笑うと黒子は火神をまるで眩しい光でも見るかのようにボールを抱き締めて見上げる。

「もし生まれ変われるなら火神君のような人の傍にいたいなぁ…」
「黒子…?」

どこか独り言のような口調で紡がれたそれは遺言のようで。
不信感と違和感を感じて火神は黒子に歩み寄る。

「ありがとう」

背伸びをして20cm以上の距離が埋まり、二人の影が重る。

一瞬だけ触れた唇は酷く冷たくてしょっぱかった。

永遠のように感じた一瞬は離れて行き、黒子は火神に精一杯笑った。

「サヨナラ」

その笑顔から涙が伝った時、跡形もなく黒子は消えた。

一人だけの公園に五月蝿い蝉の声だけが木霊する。

辺りを見回しても黒子の気配は全くない。

それどころか元々一人だったと言うかのようにコートに影は一つ。

火神は手を強く握り締めると戻って来いとばかりに黒子の消えた所を一心に見つめた。

「あと1日残ってんじゃねーかよ黒子…っ!」

重力に逆らわず落ちたボールは拾い手を失くしてさ迷うだけだった。


【冷たい唇にどうか熱を】


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