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□悩まないで怒らないで
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「はぁ…」
ギルドのカウンターでため息一つ。
ルーシィは、また出ちゃったと慌てて口元を押さえた。
先程まで一緒に話していたミラは丁度別のお客さんの所へ行っているので、誰も見ていなくて良かった。と安堵する。
「どうしたのルーシィ。ため息なんてついちゃって」
が、大きな2つの目はきちんと目撃していたようだ。
翼は出さずにとてとてと歩いてきた青い子猫が、心配そうにルーシィの足を叩いた。
「ん?何でもないわよ」
その柔らかな肉球に薄く笑いを浮かべたが、ハッピーは満足せず口をへの字に曲げた。
「ため息つくとナツが逃げちゃうんだよ」
「それを言うなら幸せでしょ」
「ルーシィは図太いからそのくらいで幸せを逃したりはしないよ」
「心配しに来たのか貶しに来たのかどっちなのよ」
「だから、オイラが言ってるのはナツの話なんだって」
「あーもうナツナツうるさい!ナツなんて何処にもいないじゃない!」
話の見えないやり取りにルーシィが苛立ち始めると、ハッピーはすぐにルーシィの後方を指した。
そこにある光景に、ルーシィはハッピーの言っていたことをようやく理解する。
ナツが。鱗模様のマフラーで少し顔を隠したナツが、本棚の影から此方の様子を伺っていた。
此方が見ていることに気づくと、桜色の頭をピュッと隠して、今度はチラチラと顔を覗かせ始めた。
なんだか少し可愛らしい。
「ナ……」
その可愛さについ名前を呼ぼうとしたが、たった2文字を呼び終わる前にナツは本棚に完全に隠れてしまった。
あぁ、確かに逃げられた。
「どうしたの。あれ」
「最近ナツのせいで報酬が減ること多いから、ルーシィが元気無いのは自分のせいだって思って話かけられないみたいです」
ナツの状態をわざわざ知らせに来た相棒に訪ねてみると、成る程納得のいく理由だった。
確かに、ナツの破壊癖には慣れたつもりだったけど、確かに最近は酷い。
この間なんて依頼人の家を半壊させてしまい、請求こそされなかったものの数日かかったその仕事の報酬はゼロにされた。
そんなことが重なって、今ルーシィの財布は空っぽになっている。
明日が家賃徴収日なので
、大家さんにどやされる――いや、最悪家賃を払うまで家を追い出されてしまいそう。あの大家さんなら、有り得る。
ルーシィのため息の原因も、実はそれだった。
それではあったけど、
「…ナツでもそんなこと気にするのね」
「いつもならしないんだけどグレイが、」
「グレイ?」
「ルーシィお水のおかわりいる?」
ハッピーの口からグレイの名前が出た瞬間、絶妙なタイミングでミラが水の入ったポットを持って来た。
「あ、お願いします」
「はーい」
コポコポとルーシィのコップに冷たい水が注いだミラは、カウンターを出てそっとハッピーを抱き抱えた。
「ハッピー。あっちで一緒に話しましょう?」
「でもナツが、」
「シャルルもいるわよ」
「行く!」
キラキラと目を輝かせる、相棒を捨てた子猫。
変わり身の早さに半眼を作って、ルーシィはミラに抱えられ去っていくハッピーを見送った。
さて、どうしよう。
未だ本棚に隠れるナツを横目に、ルーシィは水を一口口に含んだ。
「ナツ」
水を飲み込ん
で、彼の名を呼ぶ。
騒がしいギルドの中、声量はあまり出さなかったが、性能の良いナツの耳は、ルーシィの声を拾ったようだ。
ヒョコッと、焦ったように汗を流しながら顔を出した。
「よいしょ」
スツールから降りて、ナツの元へ歩み寄る。
「何やってんのよ。こんな所で」
「…悪かったよ」
そっぽを向いてばつが悪そうに呟くナツ。
「家賃、払えないんだろ?」
なんと。そこまで知ってたのか。
一体誰の情報だろうと考えを巡らせてみるが、思い当たる人物が多すぎて絞り込めない。
つくづく、自分の回りにはプライバシーを尊重する人間がいないんだなと、図らずも再確認してしまった。
「ナツのせいじゃ無いわよ」
しょんぼりしているナツが幼く見えて、ルーシィは優しい口調で言った。
「あんたの破壊癖は今に始まったことじゃないし、それを分かっててチーム組んでるんだから。だから、気にしないで。私はあんたがす……」
ぐっ、と、慌てて言葉を飲み込んだ。
私はあんたが好きで一緒に仕事に行ってるのよ。