memory.
□03
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臨也の自殺オフ会に参加してから二週間がたった。
肌寒かった気温も高くなり、今では陽気が街を包んでいる。
そんな陽気から深い眠りについていたのだが、携帯のアラームによって起こされた。
俯せに寝ていたようで、むくりと両手に力を入れて起き上がるとぐしゃぐしゃの黒髪がシーツの上に散らばっていた。
それを二、三度見、あぁ朝かと顔を上げて座る。
相変わらずシンプルな部屋。ベッドとクローゼットしか置かれていないこの部屋は、一人でいるには広すぎに感じる。
手の中の携帯が音をたてて震えた。おかしいな、アラームは消したはずなのにとディスプレイを確認すると、番号と名前が表示されていた。
よくよく考えるとこれ着信音だったな。駄目だ。寝ぼけてる。
買ってから一度も弄っていない着信音をきって携帯を耳に当てると、このあと聞くはずの声が聞こえてきた。
『お姉さんおはようございます。元気ですか?』
「……あれ、千雪ちゃん。約束の時間はまだのはずだけど」
『お姉さんが恋しくてつい。加えて言うなら寝起きであろうお姉さんの声を一番に聞きたくて』
「おっけー。じゃあ目標は達成されたからきっていいね」
『いやん待って下さいよ』
このセリフを低テンションで言っているのだから怖い。
『場所を変えたいんです。本当なら私の部屋で二人きりになりたいところですが、ちょっと今日は弟が帰ってくるので…。マクドナルドでも大丈夫でしょうか』
「ん、僕は全然大丈夫だけど」
『流石お心の広い。私惚れ直し「じゃあ9時にね。」え!?』
ブツッ
容赦なく電源ボタンを押した。
またかかってこないよう電源まできってしまった。
もう、もういい。朝から濃い。
「…なんだろう。疲れが」
こんなんで僕、体がもつのだろうか。
♂♀
遠世千雪。ちせつちゃん。
弟と二人暮らしの、新勢中学校三年生。
つまり受験生。
来良を目指しているらしく、去年から家庭教師をしている。
頭は良いほうで、少し頑張れば来良の合格圏内に入れるほどだった。
だが決して手を抜いて良い訳ではない。
とりあえず高校生になるまではと家庭教師を続けているのだけれど。
ふと、ファーストフード店の一角で必死にノートに向かって問題を解いている千雪ちゃんに目を落とした。
顔にかかる、輪郭に沿って段の入れられたサラサラの髪を気にする様子なく、ノートに文字を綴っている。
一体何が原因なのかは知らないが、彼女は僕に異常な愛情を感じているようだ。
て、自分で言うのもあれなんだけど。
まぁそれはちょっと本格的な話で、現に部屋で襲われかけて弟の哉大(かなた)くんに助けてもらった経験がある。いや、あのときはとりあえずびっくりした。
弟の哉大くんはしっかりした子だ。真面目だし、礼儀も良い。
弟の影響を少しでも受けてくれなかったのだろうか。この子は。
ぱっちりとした大きな瞳を縁取る睫毛は長く、唇はかわいらしい桃色。黙っていればお人形みたいなのに。残念なことにこの子は同性愛者なのだ。狩沢さん風に言うと百合ちゃん。
不意に、二人で一つな双子を思い出した。あぁでも違うか。彼女たちは僕のことを決定的に嫌いだ。それにあの子たちは同性愛と言うより双子の片割れに依存しているだけなんだと僕は認識している。そもそも彼女たちの好きな人はれっきとした男だ。
だけど千雪ちゃんは本格的に女の子が好きらしい。生まれた時からだそうだ。これは僕がどうにかしてあげなきゃいけないのかな。
その矛先が僕に向いているということは問題だが別に同性愛者を否定する訳じゃない。ただ、そんな千雪ちゃんを受け入れてくれる女の子がいるかどうかだ。多分、滅多には会えないだろう。このままじゃ彼女はずっと一人でいなければならなくなる。それは避けてほしかった。
なんて言っても、僕に彼女の性癖を変えるなど出来る訳がないのだけれど。
「お姉さん解けた!」
「ん」
顔が上がり、ぱぁっと表情を弾けさせた千雪ちゃんがノートを差し出してきた。
幾つか書かれた問題に、かなり悩んだらしいシャーペンの跡があった。だが問題は全問正解。
「すごい。千雪ちゃん全問正解」
「えへ。お姉さんに褒められるために頑張っちゃいました」
「そのやる気もっと別のところにかけようよ」