memory.
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<学校に行くと>
[樫偽玲央]
朝、携帯のアラーム音で目が覚めて、とりあえず時間を確認。休日に起きるには些か早い時間だと思ったけど、今日は学校へ掃除をしにいかなきゃいけないことを思いだしこの時間にアラームがかかったことに納得。
身支度をしてゴムを片手に引っ掛け、タオル等を学生鞄に詰めてアパートを出た。
もちろん格好は制服。
時刻は9時30分。
昨日、山村先生から時間の指定が出てなかったから、学校に着くのは何時でも良いだろう。
そう思い、僕は時間を気にせず学校までの長い道のりを歩いた。
そして、昨日の踏み切りを通る。
…唖然とした。
地面に叩きつけられ、壊れた自動販売機。一部抉れたアスファルトの地面。不自然に曲がりながらもバランスを保ち、かろうじてたっている電柱。
壊れている自動販売機は昨日、確かに平和島くんがもっていたもので、地面や電柱が壊れている場所も確かに平和島くんと折原臨也が相対していた場所だった。
此処等は人が極端に少ないし、世の中にどこか後ろめたい人ばかりいる場所なので、まだ警察はいないし来た形跡もないけど、今日中には見つかるだろう。
…何があったかと思うだろうなぁ。
それにしても平和島くんの力って……。
折原臨也、生きてるのかな。
あの人なら殺しても死ななそうだけど。
下がっていた踏み切りの遮断機が上がり、僕は足を進めた。
折原臨也。
なんで僕の病気を知っていたのだろう。
僕は、絶対記憶能力という病気をもってる。
一度記憶したことは一瞬忘れない病気。
岸谷君の名前も、入学式に呼ばれているのを聞いて覚えた。
もちろんキョロキョロ人の顔なんて見てられないから、声とセットで覚えたのだけれど。
だから、同学年の顔と声なら全て覚えてる。
覚えたくて覚えてるわけじゃないけど。
専属の医師曰く、僕は普通の人間が使えない脳まで使えている、だそうだ。
たけど、それは言い方を変えれば普通の人間の脳じゃないということで、脳を調整するために毎日薬を飲み続けている。
あとたまに、頭痛がするけど、その他は普通だ。
これが、僕の脳の病気。
世界でも珍しい病気を、なんで折原臨也は知っていたのか。
…あんまり考えるのはよしておこう。
詮索して余計なことに巻き込まれたくない。
それ以上考えるのを止め、僕は学校のある方向に目を向けた。
学校に着くと、グラウンドや体育館で生徒が部活動をしていた。
休日なのに大変だなぁ。
広大なグラウンドで駆ける野球部員たち。
隅の方ではマネージャーらしき女子生徒がタオルをもって応援している。
野球部には学校のアイドル的存在の男子がいるのだと聞いたことがある。
それが誰なのか分からないけど、時折マネージャーの、悲鳴にも似た歓喜の声があがるのは、恐らくその男子のせいなのかもしれない。
…と、こんなこと考えてる場合じゃなかった。さっさと掃除を終わらして帰ろう。
とりあえず職員室へ行こうと、体の向きを変えた時、カキーンッと球が高く上がった音がした。
「――危ない!!」
一人の、はりつめた叫び声に僕は顔を上げた。
別に自分に言われた言葉ではないだろと思いながら、それでも条件反射で顔を上げたのだ。
球が上がったことを認識した直後のこともあり、最初に空を見上げた。
―――――目の端に映る、頭上に落下してくる白い球。
「―――ぁ」
パシッ
太陽を背に落ちてくる球に、僕は反応することが出来なかった。
が、その球は僕に届く前に受け止められた。
――平和島静雄くんに。
「うわぁー!ごめんね!!」
「おー」
球を打った本人か、一人の男子がグラウンドから走ってき、被っていた野球帽を取って頭を下げた。
「大丈夫!?」
「あ…はい…」
「球返すぞ」
平和島くんが球を返すと、男子部員はもう一度頭を下げて試合に戻っていった。
「…あの……」
「?」
「…大丈夫かな」
「何が?」
「手」
「あぁ、問題無ぇよ」
落下してきた球とは言え、かなり高く上がっていた球だ。それを素手で取ったのに何でも無いわけ無いでしょうと言ったら、「俺は人より頑丈らしいからな」と返された。
球を受け取った平和島くんの手のひらを見ても、確かに傷どころか赤くすらなっていなかった。
まさか本当に人より頑丈で、ナイフに刺されてもトラックに轢かれても大丈夫だと言うのだろうか。
…いやいや、あり得ない。
「行くぞ」
「え?」
「職員室。掃除、するんだろ」
平和島くんに職員室の方向を指され、僕は慌てて頷いた。
…って、違う。
その前に言うことがあるでしょう。
「…ありがとう」
僕は、学校の玄関に向かって歩き出した平和島くんの背中にポツリと呟いた。
久しぶりに使った感謝の言葉だった。
でも、口から滑り落ちるようにして出た僕の言葉に、平和島くんは片手を上げてヒラヒラと振ってくれた。
昨日どうしたのかどうでも良かったのに、少しだけ気になった。
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