黙示録 -Apocalypse-

□第十五章
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何も意思を表さないもどかしさに耐え切れず、アナスタシアは彼に向かって駆け出していた。思慮浅い行動だと分かっている、それでも逸る気持ちを抑えられなかった。

その瞬間、鼻先一寸で突き付けられた鈍く光る剣先に、アナスタシアの足は止まった。その先にある、全てを拒絶するような冷たい眼光に、思わず後ずさる。

「誰だ、それは」

ここで、初めて彼は口を開いた。
確かにそれは、紛う事なくアレクセイの声だった。だが、アナスタシアの記憶の中で、彼はこんなに冷たい声をしていない。聞く者を凍り付かせるような無感情な声色は、聞いた事がない。生唾を飲む事しか出来ないアナスタシアの前で、相変わらず彼の瞳には何の感情も宿る事はなかった。

「…アレ──」
「不愉快だ。消えろ」

その瞬間、目の前で銀色の光が走ったかと思うと、脳天を凄まじい衝撃と痛みが襲ってきて、アナスタシアの意識は闇に引き摺り込まれ、もう二度と目覚める事は無かった。



◇◇◇



「……アナスタシア…?」

弱々しい声と、額に添えられた掌の感触に、アナスタシアの意識は覚醒を余儀なくされた。
オレンジ色のぼんやりとした灯りだけが灯る室内。視界に飛び込んできた心配そうな優の表情に、ようやっと現状が理解出来た。

「……優…」
「うなされていたから…。大丈夫…?」
「…、…ええ」

不安げな優に曖昧な返事を返し、額から手がどけられるのを感じながら、アナスタシアは寝乱れたベッドから上体を起こした。

「…汗酷いよ」
「ごめんなさい。起こしてしまったようですわね」

窓の外にはまだ夜の帳が落ちていて、壁時計が示す時間はまだ明け方前である。

優とシンがフランスに帰国を果たしたのは、昨日の事だった。久し振り──と言ってもたかだか数日振りなのだが、再会にメイファは大変喜び、ずっと優の回りをうろちょろしていた。そして、そんなに離れるのが嫌なのか、今現在、メイファは優のベッドですやすやと寝息を立てている。

重苦しい溜め息をはき、アナスタシアは冷や汗の滲んだ額に手を当てた。
夢なのに生々しく覚えている、貫かれた感覚。額に当てた手を恐る恐る見て、血に濡れていない事を確認し、思わず安堵の息をついていた。
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