黙示録 -Apocalypse-

□第一章
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その頃から、優は他の子達とは違う扱いを受け始めた。

幼稚園から小学校、中学校と進んでいく中で優は殆ど友人と遊んだ記憶がない。

学校が終わったら、とにかくレッスンの日々。休日は休日で有名な演奏家のコンサートに連れていかれ、初めは優に遊ぼうと誘ってきた友人達の間でも、「優は自分達と違って忙しい」というのが暗黙の了解となっていった。

幼い頃から大会に出、出る度に素晴らしい成績を残した優はたちまち天才少女の名を欲しいままにした。

周りから見ればさぞ幸福に見えただろう。
だが、それは優の望んでやった事ではないし、近所の人に自慢げに語る母親の姿は吐き気がした。

そのまま優は普通の都立高校に進学し、ジャパンでの優の活躍を聞いたのか、いまや世界最高峰と言われるフランス、パリの国立音楽院から編入の誘いがやってきたのだ。

優は国や友人のもとから離れるのを渋ったが、綾子は優の意志関係なしに二つ返事で承諾し、結局今回は短期留学という形でパリに向かう事になった。

(まぁお母さんから離れられるし、いいか…)

日程が事細かに決まっていく中で、優はそう自分に思いきかせる事にした。

優の両親は彼女が幼い頃に離婚し、今では広い家の中で優と綾子だけが暮らしている。

離婚の理由は、何でも自分の思い通りに進める綾子に父親がとうとう痺れを切らしたらしい。親権は綾子が奪うように取り、父親は荷物を抱えて出て行き、それっきりだ。

毎日母親の小言を聞かなければならない、この息の詰まるような家が優は大嫌いだった。

大会でいい成績を残すと綾子は誉めてくれるが、好成績を残せなかった場合、その態度は激変する。
狂ったのではないだろうかと思う程怒鳴り散らし、そして手当たり次第のものを優に投げ付け、彼女の気の済むまで殴られる事もあった。

そのヒステリックな態度も離婚の原因の一つだろう。最近は殴られる事はないが、幼い頃より培われた恐怖心はまだ根強く心の奥に残っている。

今回の留学は、母のもとから長く逃れられる。乗り気ではない優を突き動かすのは、その感情のみだった。

母に何の挨拶もせずに優はキャリーバッグを引いて立ち去って搭乗ゲートをくぐり、機内に入って優はようやく溜めていた息を吐いた。母の呪縛から解放され、優は手前の座席に備え付けられているパンフレットを取り出す。

ジャパンからフランスまで随分と時間がかかるだろう。今や世界中で空港がある事自体稀である。西欧諸国の空の玄関口は、今のところイギリスにしかない。

世界は一度滅んでしまったらしいのだ。

優達現代を生きる人類にとってそれは千年以上昔の話である。──と言っても、その時の資料は殆ど現存していないし、神話然としたものではあるが、考古学者達による地質調査でそれは既に事実だと判明している。

今からおよそ千年以上前──西暦二千年の頃だ。
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