黙示録 -Apocalypse-
□第十三章
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「──アナスタシア」
暗闇の中で懐かしい声が響いて、アナスタシアは辺りを見回した。すると、不意に舞台の幕が開くように闇が引き、懐かしい景色が現れた。
抜けるような高く青い空に、立ち並ぶ濃い緑の針葉樹林群。そして、それらを背景に背負った白亜の城の見事なコントラスト。
それは、紛う事なく祖国ロシアの情景だった。
「アナスタシア」
もう一度、声が届く。振り返ったアナスタシアは、そこに愛しい男の姿を見つけて、声を詰まらせた。
「アレクセイ…」
男はうっすらと微笑む。
帝国の軍服も、アッシュブロンドの短髪も、そして、その片耳だけで揺れる自分と同じ紅のイヤリングも、全てがその男に相違なかった。
アレクセイ・ストラーホフ。嘗てアナスタシアと結婚を誓い合った仲であり、何物にも変え難い愛しい人。
そして、ロシアにまで及んだ「民族浄化」の波の中で、消息が絶たれたままの人。
「アナスタシア」
だが、こうして彼は目の前にいる。こうして、今尚も自分の名を呼んでいる。
生きている──その事実に、アナスタシアは歓喜した。やはり、彼は、生き延びていたのだ。
「…アレクセイ!」
気付いた時、アナスタシアは駆け出していた。微笑んだまま、アレクセイは微動だにしない。
その胸に飛び込んだと思ったその瞬間、だが、アナスタシアはするりとアレクセイの体をすり抜け、気付いた時、激しく地面に転倒していた。
弾かれたように、振り返る。
地に座り込んだアナスタシアを見つめたまま、アレクセイの表情は変わらない──微笑んだまま。
「アナスタシア。アナスタシア。アナスタシア」
壊れた蓄音機のように、彼の唇からはその言葉しか漏れない。ぞわり、と背筋が粟立ち、慌ててアナスタシアは再度彼に腕を回そうとした。
「…!」
だが、回した腕は虚空を切っただけで、温かな体温も感触も、何一つとしてアナスタシアには伝わってこなかった。
「──アレクセイ!!」
悲痛に叫んだアナスタシアの前で、目の前の彼にノイズが走る。陽炎のようにその姿は揺らぎ、後ろの景色が透け始める。言いようのない恐怖が、背筋を駆け抜けた。
「駄目…!嫌よ…お願い、いかないで!」
無我夢中で透けた腕を掴もうとしたが、やはりそれは空しく虚空を掴むだけ。
「…嫌…嫌よ嫌、嫌!お願い、アレクセイ…いかないで…!ずっと一緒にいて…!」