黙示録 -Apocalypse-

□第九章
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「…取り敢えず、一安心だね」



救急箱を抱え、窓の外に広がる海原を眺めながら呟いた優に、アナスタシアは大きく頷いた。

ここは、旅客船の客室内。ソファに腰掛け、今現在、優達は傷の治療に勤しんでいた。

メイファは膝にちょっとした擦り傷を負っただけで、「船内探検してくるアル!」と言い残して元気に飛び出していき、室内にいるのは優達四人だけである。
意気込むように、アナスタシアは団服の袖を捲った。

「ほらっ、あとは重症患者の治療ですわ。──エドガー、こっちに来て下さいませ」
「んー?俺はいいわ」

窓辺に寄り掛かって煙草を燻らせているエドガーの答えに、アナスタシアは目を丸くする。煙草を掲げた腕には、今真新しい包帯が巻かれているが、それは消毒も何もなしに巻かれたもので、新たな鮮血が滲んでいた。

「何を仰いますの。まだ出血していますのよ、せめて消毒だけでもさして下さいませ。病菌が入ってしまいますわ」
「いいって、いいって。消毒くらい、後でやるわ」
「後でやるくらいなら今やるべきですわ!」

語気荒く言ったアナスタシアにも、エドガーは煙草を燻らせるだけだ。

「…そもそも、何で俺もお宅らと一緒に船ん中いるわけ?」
「あの場にいた以上、仕方ありませんわ」
「イザヤ達にも姿見られちゃったし」
「ユーラシアまでこの船は一直線だ。帰るんだったら、ユーラシアに着いてから考えろよ」
「…あー仕方ねぇ。のんびり行かせてもらうわ」
「でしたら、言う事聞いて下さいませ。ほら、消毒しますわよ」

消毒液を持って近寄ってきたアナスタシアに、エドガーは一瞬だけ彼女に視線を向けたが、彼はすぐにまた煙草を燻らせた。

「いいって。ほら、ここにいると副流煙で肺ガンになっちまうぜ?」
「煙草を控えれば、すむ話ですわ」
「これ、俺の精神安定剤なんだよ」

取り付く島もないエドガーに、困ったようにアナスタシアは眉尻を下げた。

「エドガー。少しの消毒なのに、どうしてそんなに拒むんですの?」
「いやー。女の子に、そんな手間取らすわけにはいかねぇだろ」
「そんな気遣い無用ですわ」
「いーんだって。自分の事くれぇ自分でするわ」
「でも…───」
「ほっとけ、アナスタシア。本人がいいっつってんだ、何言っても無駄だろ」

ソファに腰掛けたままのシンの言葉に、アナスタシアは渋々ながらも引き下がった。

「エドガー。ちゃんと消毒しますのよ?」

と、強く釘を刺して。
そんな彼女に、エドガーは、はいはい、と明らかな生返事を返し、白衣を翻すと、煙草を吸いながら外に出て行った。
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