黙示録 -Apocalypse-

□第五章
1ページ/20ページ

ロシア帝国に滞在してから、早一週間が経過した。

あれ以来、皇帝ニコライからの返事はない。予定以上の長引きに、シンはベッドに仰向けに寝転がったまま、奥歯を噛み締めた。

「…一体何やってんだ、あの皇帝」

誰もいないのをいいことに、吐き捨てる。
シンとしても、条約を締結してもらわなければ困るのだが、そろそろ我慢も限界に来ていた。

手持ち無沙汰に、傍らに転がっている携帯電話を手に取る。
メール画面を開き、幾らか遡ったところにある一通の受信メールを開いた。

(優…)

それは、ロシア帝国に任務で行ってくると打ったメールに、律儀に返信してくれた優からのメールだった。労いの言葉が派手な絵文字と共に打たれている。

二人共無事なんだろうか──そんな事を考えている自分に気付き、シンは慌ててその考えを打ち消した。

彼らは異端である科学技術推進国の出身なのだから、妙な情を抱いてはいけない。
それは、異端審問官の立場として当然の事だ。

その時、扉が軽くノックされて、シンは仮面をつけて身なりを整えると返事をした。
入ってきたのは帝国の軍人だった。彼は馴れた動作で敬礼すると、シンに向かって声を張った。

「皇帝陛下より召喚の要請であります。お仕度が整い次第、謁見の間へとお越し下さいませ」
「わかりました」

やっとか…と内心溜め息をつくが、そんな事はおくびにも出さず、シンは謁見の間へと向かった。

謁見の間へと続く、身の丈以上の高さの誇る荘厳な扉の前に辿り着くと、扉の両脇に控えていた軍人はシンに敬礼をして、両側から扉の取っ手に手をかけた。観音開きの扉がゆっくりと開く。

「おお。よくぞ参られた、異端審問官殿」

玉座に腰掛けたニコライの声は、広い空間によく響き渡った。両脇には以前いた筈の側近は誰もおらず、その代わりに見た事もない女性が一人控えていて、それを見てシンは仮面の奥の瞳を不可解そうに眇めさせつつ、御前で跪いた。

「参上つかまりました、皇帝陛下」
「長い間待たせてすまなかったのう。さて、此度の条約の件なのだが…」

ニコライは、ちらりと女性に目線を送る。彼女は頷くと、洗練された仕草でシンの前に歩み寄った。
立ち上がるようニコライより指示され、従う。目の前にいた女性は、裾にフリルの施されたスカートの裾を摘み、宮廷の作法に倣った礼をした。

「初めまして、異端審問官様。アナスタシア・ケレンスカヤと申します」

顔を上げて上品に微笑んだアナスタシアと名乗った女性は、年の頃はシンよりも幾らか上に感じられた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ