短編集

□ 祭
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「こんな店、あったっけ…?」

私 立川祥子は自転車を引きながらふと 立ち止まった。


山と山の間。

鬱蒼と木が茂る中に
朽ち果てそうな小さな商店があった。


赤い西日の中で 店内にはぼんやり灯がともっている。


(今まで気がつかなかっただけ、かな…?)


ここ、桜井市は 奈良県の真ん中にある小さな町だ。

小さいといっても
市内には重要な古墳やら貴重な遺跡群やらが ごろごろあって、
10歩 歩けば文化財にぶつかる、と言われるほど。


そこら中から 木簡やら土偶やらが出るので
きりがなくて、最近はもう埋め立ててしまっていると聞く。



だから奈良の中では奈良市の次にと言っていいくらい有名な市なのだが、
いかんせん 住人が少ない。


リュックを背負った研究員や修学旅行生で春と秋はにぎやかでも
夏も終わりに近づくと 出歩く人の数はぐんと減った。



山がちな地形もあって日が落ちるのも早い。


このあたりの小学生は
カラスがカーと鳴く頃には皆 家に猛ダッシュを始めている。



私が住むのはそんな桜井の町の南、藤代岳のふもとの 新興住宅地だった。


つまり、田舎も田舎

どのつく田舎だ。



住宅地、といっても家がかたまっているわけではない。

というか、私の家だけがふもとから少し登ったところ、
山を少し入ったところにぽつんと寂しく 立っている。


まさに山小屋といったかんじだ。


ここは、その山道を下る途中の、一際人気のない場所だった。




(コンビニ、みたいなノリかな…)


加賀見商店、と掲げられた看板は少し傾いでいる。


山の上にある民家はうちだけで
下の家の人たちが わざわざこちらに登ってくるとは思えない。


それくらいなら、近くのスーパーに行けば良い。


(…店の場所失敗したな これ)


だが、私にとっては嬉しい発見だ。


今まで下までくだらなくてはならなかったのが
ここで済むようになるかもしれない。




「ごめんくださーい…」

良いところに岩の窪みがある。


店の前に自転車をたてかけると
私は店の古ぼけた木戸を引いた。
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