短編集

□★Sewing Heart
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日本史教師である私が
何故、白衣を羽織り、ビーカーを握り、伊達メガネなんぞをかけ、
そうして目の前の「女子」に告白されているのか。

全ては一週間前に遡る。
「テディベアを作ろうっ!」

原田が唐突に おそらくその場の思いつきで叫び、
手芸部員は 熊のぬいぐるみ作りをスタートさせることとあいなった。

手芸部は毎年学園祭で、決まったテーマの作品を展示している。

一昨年は『レースの世界』、去年は『花の舞』がテーマだった…ような気がする。

顧問とはいえ、
元々レースやらリボンやら編み物やら 女々しいことに興味はないし
よく思い出せない。


ともかく今年は発想を新たにテーマだけでなく、作るものを限定することで
部員それぞれの技術と独創性、世界観を際だたせるのが狙い、なのだそうだ。

「ね?いいと思うでしょ、すみれ先生」

提案者である副顧問の原田が 右どなりを歩く私に、得意げに目を細めてみせた。

「名前で呼ぶな、知らん」

えーひどいよーすみれ先生がいじめるよー、と原田が左を歩く部長にじゃれつく。

部員ミーティングの帰り。
予算会議が長引いて、校内に残るのはもう
私たちだけのようだ。

お調子者の原田の声とヒールの高い音だけが廊下に反響する。

すでに校内の照明は落とされ、辺りは薄暗い。

廊下の端に作られたスリット状の窓から、真ん中を歩く原田にだけ夕日が細長くのびている。

部長の堀口に抱きつくようにして歩きながらも、
一歩たりとも光のラインから歩みが ぶれることがないのは普段の努力の賜物か。

日曜にジムに通うのが欠かせないという 原田。
そのフレアスカートからのびる ほっそりとした脚を眺める。

白いヒールにのぞくアキレス腱が妙に艶めかしい。

(なんつーか…女だね…)
自分の味気ない紺のパンツと平たい室内履きを横目に見ながら
理由もなくため息をついてみれば

「すみれせんせー?」

ちょっぷ!と肩に軽い衝撃。

「…あぁ、なに?」

ヒールをはいてもまだ背の低い原田は、私の肩にしか手が届かない。

こいつが小さすぎるのか
私がでかすぎるのか

(…両方か)

「ぼーっとしちゃって大丈夫ですか?
つかれちゃいました?」
眉をひそめ、首をかしげられる。

そんな仕草がよく似合っている。

「平気、考え事してただけ…ってえ…?」

手を軽くふって原田を遠ざければ、その分ぐぐっと顔を近づけられた。

「…顔色悪い。」

あなたの顔色の方が怖いです、原田先生

「ほりりん、ごめんすみれ先生休憩室連れてく。
気をつけて帰ってね」

「えぇ!?」

私がえぇ!?だわ!

「あ…まて、私…」
「すみれちゃんはだまってて!」

ごめんなさい


また明日、ほりりん とハグされ あたふたする部長を置いて、

原田は私の腕を掴んで大股に歩き出した。


*************


「だから私は平気だって―」
「うるさいはかって」

ずい、と差し出された体温計をため息をつきつつ受け取る。

「…わかったよ」

実際私は何ともない。
確かに疲れは溜まっているが、 体調を崩すまでには至っていない。

(原田は大げさなんだよ、いつもいつも…)

大学からの付き合いの原田は、私が少し疲れたり調子を悪くすると すぐに気づく。

気づかれてしまえばもう、言葉は通じない。

泣こうが喚こうが引っ張って行って強引に休ませるのだ。

大学の時は私の部屋に、
今はこの休憩室に。


「だってすみれちゃん体弱いじゃん、」

とは原田の言い分。

「…ったく、もう子供じゃねぇんだから…」

ぼやけば原田の腕にグイと首をしめられた。

「っぐ…ゃめ…」

「はい、測り直しー」

苦しさにばたつかせた腕の間から
こぼれ落ちた体温計を拾い上げ、原田は不適に微笑む。

「…死ね」

「あらぁ、優しい優しい莉子お姉さんにひどい言いよう。」

ほら、と渡されたマグカップの茶をすすりつつ睨みつける。

「おかんの間違いだろ…」

「なんでもいいから、早く飲んじゃいなさい」


お茶がすっと鼻にぬける。
(この味はたしか…貧血のやつか)

そういえばさっき少しふらついたような気もする。

「処方」されたお茶で自分の体の不調の理由がわかるとは情けない。

(子供…かぁ…)


うかがうように原田を見れば、薬品の染みでも見つけたのか
裾をのぞきこんでいる。


「お前…白衣似合うよなぁ」


原田が向かいのソファで顔を上げ、くすくすと笑う。

「なぁに、理科教師に向かって。」

「いや、マジで。」

笑いつつ、大学時代を思い出す。

「…なぁ…」

「ん?なに?」

「お前なんで、あのまま医者になんなかったんだ?」

不意をつかれたように原田が目を大きくし、照れたように笑う。

「何度も言ってるじゃーん、私はかわいい女の子とだけ触れ合ってたいの。
医者になっても、それは絶対無理でしょ?
だから女子校教師になったの。」

「でも、原田お前」

「時にすみれちゃん。」
私を遮って にた、と原田が笑う。

首に細腕をからめられて、ドキリとする。

彼女から立ち上る香は
(ラベンダー…?)

「は、はらだ…」

ソファのスプリングがギシリと音を立てて沈む。
吐息が近づいて耳元に吹きかけられる。

「っ…ゃめ…」

クスッと笑う気配に体が動かなくなる。


目の前には原田の整った顔。

その艶やかな唇が静かに開いて…




「すみれちゃん、さっき私の脚 見てたでしょ」



にっと笑って原田が膝の上から飛び降りる。

あしふぇちー、へんたいー
と唇だけ動かして舌を出す。

「な…」

固まる私を置いて、涼しい顔で机の鍵を掴む。

「私、化学Uの戸締まりしてくるから休んでてね」

「…ぉ」


そうして扉を開き出て行きかけて
何かを思い出したように振り返る。


「あと、それ。」


指差した先を見れば
ソファに転がる体温計。

「測り直し、ね」



扉の向こうに消えたあいつは最高に良い笑顔をしていた。
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