朝、あなたに出会って

□5、震える肩と 惑う指先
2ページ/3ページ



私は馬鹿か。



頭の上を絶妙のタイミングで通りかかったカラスが、そうだな馬鹿だ とでもいうように鳴き声を残す。


住宅地の間にカァーと間延びした声を響かせるそいつに、人前でできる最凶レベルのにらみをきかせながら 私はブロック塀に爪をたてた。

マックでだべって行こうとうるさい友里たちをやんわりと振り切って、電車に乗ったのが一時間前。

まゆの家の前に辿り着いてからはもう40分ほど経つだろうか。

クリーム色の壁に赤い屋根。

芝生の庭に咲き乱れるのはわすれな草の青い花。

表札に掲げられたSHINODAの花文字が何とも洒落ている。


現実主義者でさばさばしているまゆが
まさかこんな乙女な家に住んでいるとは思わなかった。


(なんかお姫様の隠れ家みたい…)


白雪姫の家ってどんなだったっけ、とぼんやりと思う。

七人の小人と可愛らしい動物たちに囲まれて、幸せそうに微笑んでいる。

確かそんなシーンが映画にあったはず。


朧気な記憶を頼りに
頭の中でまゆにドレスを着せてみれば、もう白雪姫その人だった。


(まゆ、綺麗……)



――えへへ、照れるよ もう…//


(っ……)


唇を噛みしめ、ぎゅっと目をつむる。


(こんなの、完全にストーカーじゃん…

メールしまくって、電話して
家まで押しかけて)


大体、会えるとも限らないのだ。


本当に風邪ならば 意識が朦朧とするくらいひどいのだろうし、

あるいは何か事故にあってしまったのなら…


さっきの電話を思い出して、

ズキリと胸が痛む。


あの時確かに まゆは私のことを忘れていた。



まるで、記憶を失ったように。



(…熱でぼんやりしてただけならいいけど…でも)

もし、本当に
まゆが記憶喪失の状態にあるのなら…


(っ……)


車に跳ねられたのだろうか

階段から落ちた?


それとも もっとひどく…


想像するだけで、心臓がバクバクと脈打ち、
血の気が引いていく。


(やだ…

やだよ、そんなの…っ。)


また涙が溢れて来そうになった時




「もえちゃん?」


いきなり
肩に手をかけられてぎょっとした。


反射で ビクンッと気をつけの姿勢になって慌てて目を開ける。


目の前にはエプロンをして、買い物袋を積んだ自転車を引く女性。

(この人たしか…まゆの…)


「よかった、やっぱりもえちゃんだったのね。

ぎゅうって目いからせて
こんな怖い顔してるんだもの、人違いだったらどうしようと思っちゃったわ。」


般若のように顔をしかめておどけてみせる その朗らかな口調には聞き覚えがある。

「そんな所に隠れていないでどうぞ入って?」

庭で待っててくれてもよかったのに、と門に自転車を入れつつこちらに手招きをする。


「え…でも…」

「いいからいいから」

優しく手を引っ張りこまれて、踏み石に蹴躓きそうになる。

(わわっ…)


両手を広げてなんとかバランスをとった私は
直後ガシャンと音を立てて後ろで門が閉じられるのを聞いた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ