朝、あなたに出会って

□4、きみに、会いたくて
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声にびくり、と肩が震える。

みられた

「澤田さん…?」


だれ、に…?



頭が麻痺したようになって、上手くまわらない。

(満里奈だけは、勘弁…)
固まったまま、のろのろと頭をあげれば


「えっと…永瀬さん…」


顔をのぞきこんで来るのは、黒縁眼鏡をかけた同級生。

「…声かけないほうが、よかった…かな?」

ハの字になった眉に拍子抜けする。

「いや…えっと…」

いつの間に入って来たんだこいつは

何を言ったら良いのかわからず、口を無意味に開け閉めする。

言いよどむ私をどう勘違いしたのか、永瀬は何やら手を合わせて喚き出した。

謝っている…らしい。

パニックを起こしたような、そして限りなくヒステリーに近づいて行く彼女の声に耐えかねて、口をはさむ。


「何か…用…?」


「う…わぁ…!!
しゃべったぁっ!?
ごめんっごめんっごめんね澤田さんっとくにようはないんだおねがい怒らないでただ売店売り切れっていうからこっちならあるかなって能天気にフルーツ牛乳買いにきたら澤田さんいてなんかうつむいててあれめずらしいなっておもってわたしも苦手なひとともかかわりもたなきゃっておもってこれチャンスだとおもってちかづいたらないててでもこの距離でスルーはmission・impossibleだうわぁっどうするうちってそれできよみずの舞台から飛び降りるような気持ちで話しかけたんだけどほんとまじちょうしのってすいませんしたぁぁぁっ!!!」

マシンガンのようにまくし立て、地面に這いつくばった永瀬を唖然として見つめる。

今まで話したことがないとはいえ一応はクラスメートだ、永瀬の人となりくらいは知っているつもりだった。

2つ結びの真面目で無口で穏やかな、はにかみがちな笑顔の子。

好き嫌いの激しい友里たちからも珍しいことに、一切嫌われたりしていなかったように思う。

(っていうか…私のこと、苦手…なのか)

地味だけど女の子らしい、スミレの花のようなクラスメート

…は、ピョコピョコと2つ結びを揺らしながらこちらを仰ぎ見る。

「ごめんねっ!澤田さん!」

うつぶせに大の字になったようなその格好が、彼女なりの土下座なのだと気がついて、私は思わず吹き出した。

「ふぇぇ!?なんで笑う…」
目をせわしく動かしながら始まりかけたマシンガントークを手で制しながら、自分でも何がどうツボに入ったのかわからない、体を折って大爆笑する。

いや、途中からは自分の意志で笑う。

笑えば笑うほど、まゆとの電話で体に巻きつけられたツタが解けていくような気がしたから。

無理にヒャハハハハと甲高い声を上げる。

身体をふりながら、笑い悶える私は狂人か さながら魔女のよう。

髪はどんなに酷くなっているだろう。
わずかに頭をかすめるが、新たな笑い声で一気に吹き飛ばす。



肩で荒い息をしながら笑い終えた私を、今度は永瀬の方が唖然として見つめていた。

「あ…えっ、と……?」
「ごめん、気にしないで」

手をひらりとふって、微笑む。

「大丈夫だから。つーかどうもしてないよ、私。」

言いつつさりげなく手櫛をかける。
これ以上変な所を見せちゃいけない。

いつも通りの萌ちゃんはこんな時、

「えへへ、びっくりしたでしょー?
ちょっと魔が差しちゃった、永瀬さんあんま話したことなかったし。
泣いたふりしたらどんな反応するかなーって。

つまりは、ドッキリだいせーこー!みたいな?」
にこっと笑って、ごめんねっと顔をのぞきこむ。
「あ…そう、なの…」

戸惑いがちに永瀬が笑みを返す。

この後の反応が肝心。

さすがに、苦しい…か…?

それでも笑顔を崩さず、うんっ、と頷いてみる。

すると、永瀬はぱぁっと顔をほころばせた。
そして、がしっと両手を掴まれる。

「すごいねぇ、澤田さんっ!」

…は?

「ウチすっかり騙されちゃったよぅ、女優、女優さんになれるね!」

すごい、すごいと繰り返す少女に、一瞬答えが返せない。
そのまま笑いを堪えながらすごいでしょーと返す。

(えー…マジか…)

まったく、今時こんな子がいるなんて。
どう考えても、リアルに泣いてたでしょ。
全然隠せてなかったじゃん、私。
完璧素だったじゃん。

(こういうのを、純粋無垢っていうのか…)

心の中でため息をつく。

と、目を輝かせる永瀬に突然、別の笑顔が だぶる。


――『もえっ』



「っ…!?」


なんで…

固まりかけた私に気づかず、永瀬が身を翻し、軽い足取りで自動販売機に歩み寄る。

「おー、フルーツ牛乳二種類あるーっ」

そのまま永瀬から目を離せずにいた私は、ふっと息をついた。

淡い光に照らされた横顔の雰囲気は、彼女とは大分違う。

バタバタと手を振って喜ぶ姿は、冷めたまゆとは似ても似つかない。

(それに、まゆのがかわいいし…)

無意識に思って、赤面する。

(なに、馬鹿なこと…)

「んーやっぱメヒジかなぁ…しかしヤワルトシリーズも捨てがたい…」

たしかに、ちがう。

でも、背丈は多分 ほぼ一緒。

(まゆ…)

角度を変えて、永瀬の頓狂な横顔が見えないようにすれば、また あの姿がだぶる。


――『もーえっ』


唸る背中にキュッと上履きを一歩踏み出す。

慎重に。

変な空気を出さないように…

「"乳酸菌とフルーツの出会い"?んー、微妙」

何事かつぶやくのと一緒にゆらゆら揺れる永瀬の背中は

(やっぱり、ジャストサイズ…)

――『もえっ!』


「……ぅ」


見つめれば見つめるほど、背中がどんどんまゆそのものに見えてきて。

(まゆ…っ!)





「え…あれ?どうしたのー?澤田さん」

「ん…なんでもない…」
軽い衝撃を受けて、永瀬が首だけでふりむく。

一点の曇りもない笑顔。
かわいらしいけど、今見たいのは、


――『あはは、もえのばーか』

目をそらして、その顔を見ないようにしながら
首にまわした腕にほんの少しだけ、力をこめた。
(あったかい…)

「おっと!?友好の印ですか、そうなんですね澤田さん!」


ちがうよ。

変なテンションではしゃぐ永瀬に適当に笑って返事をしながら、頭にまゆを思い描く。


(まゆの肩はもうちょっとだけ華奢で、あと、甘い香りが、してた…)


たしか、爽やかで甘やかな、葡萄の香り。

私の大好きな、香り。

(まゆ…)

まぶたの裏で、甘い香りの中 鈴を転がしたようにまゆが笑う。

――『はやくしなよ、もえってば』


「澤田さんは、メヒジとヤワルト、どっちがいいと思うー?」

(…っ…)


世界が戻ってくる

弾けるようにまゆが消えれば、残るのは
惨めな私だけ。


勢いは吸い込んだ香りは、永瀬の言葉に 一気に元の柑橘系に戻ってしまった。

邪魔しないでよ、と思わず顔をしかめしまってから 苦笑する。


何をやってるんだか。


「…どっちでも、いいんじゃん?」


そっと首から腕を解いて 後ずさる。

「私、もう戻るねー。
みんな、待ってるからっ」
すぐ後ろには、ドア。

後ろ手に開きつつ、小首を傾げ、にっこり笑って 手を振る。

「うん、じゃあねー」

何の疑いもなく振り返って手を振りかえす永瀬。
談話室の静寂を壊さないように丁寧にドアを閉める。

閉めた瞬間、押し出された空気に微かに葡萄の香りがした。
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