朝、あなたに出会って

□4、きみに、会いたくて
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自販機はいつも通り、誰も並んでいなかった。

うちの学校にカフェテリアなんて上等なものはない。

「談話室」なんていう名前だけ格好いい、何もない部屋に、自販機が2台。
あとは中央ロビーに、売店が開いてる。

それだけ。

売店に行ってもよかったが、私はこの地味な談話室が気に入っていた。


売店のきんきんに冷えたコーヒー牛乳も魅力的だけど、談話室の静けさはそれよりずっと貴重。

生徒で賑わっているだろう売店と、その真ん中で笑顔のまま忙しくレジを打つおばさんを何ともなしに思う。

談話室のガラス戸を閉じれば、一層静寂が増した気がして、心地よい。

足音がそれを壊してしまわないように、そっと奥の自販機に歩み寄る。

(どれにしよっかな…)

薄暗い談話室で、唯一光を放つ自販機のボタンに手を伸ばす。

すんなり、飲み物は決まった。

烏龍茶のプルタブを開けて、一気に飲み干す。

口の中の甘ったるさが洗われる。
頭も少しすっきりして、私は近くの椅子に腰をおろした。

自然と携帯を取り出し、開く。
メールが来ていないことはわかっている。

念のため問い合わせをして、新着がないことを確認。

がっかりは、しない。

いや、してるけど、もうなれた。

真由の番号を呼び出して、発信ボタンを押す。

規則的に呼び出し音がひびく。

携帯を耳に押し付け、その音をじっと聞く。

2回

きっと、今回は出てくれる。
大丈夫。

3回

今朝方くらいに、熱がやっと下がったに違いない。

4回

それで、携帯見て、びっくりするんだ。

5回

なんかめっちゃメール来てるって。

6回

で、真由は律儀だから、今頃、返信遅れたのを謝るメールを何度も打ち直してて、

7回

そこに、私から電話が来てびっくり。

8回

もう、直で謝っちゃおう、って思って

9回

でも、真由は素直じゃないから、一言目はきっと…

10回



ガチャ、


ひゅっ、と喉が音を立てる。

出た

携帯をきつく押し付ける。

手が震えるのがわかった。

少しの沈黙の後、流れ出した声は、

「…もしもし?」

紛れもなく、彼女の声で、

「ま…ゆっ!?」

かすれて裏返ってしまった声は、全然かわいくない。

「うん、まゆ。」

機嫌が良さそうに、声が響く。

その声に、私を厭う感じは、ない。

(嫌われてない…)

また涙が溢れて来るのを、今日涙腺おかしいとか思いながらも拭えない。

「まゆっ、まゆっ…」

(よかった…ほんとに…よかった)


「えっと、」

少しぼんやりした感じの幼げな声。

寝起きなのか。
まだ熱が残っているのか。

(かわいい…)

緩む口元 そのままに、返事をする。

「うん、なに?」

きっと真由は言う。
気まずげに、小さく、ごめん、と。

それを私は怒ったふりを軽くしながらも、許してあげるんだ。

かわいらしい真由のごめんを思い浮かべ、携帯にきゅっと片手を添える。

真由が口を開く気配。




「えっとね……だぁれ?」



ピキン、と微笑みが凍る。

だぁれ?

え、携帯の表示、見てないの?

誰かも分からず出たの?
(あぁそうか…熱で、まだ意識がはっきりしないのか。)

「まゆ、私だよ、萌」

強く、ささやきかける。
「…も、え…?」

「うん、そう。」



沈黙。



呼吸が速まるのがわかる。

出なければよかった、と後悔しているのか。

なんと切り出せば良いのか考えているのか。

前者でないことだけを、祈る。



でも、現実はもっと、残酷で。



「わかんない…

もえちゃんて、だぁれ?」


喉がもう一度、息をつまらせる。

「な、なに言ってるの?私だよ、澤田 萌。からかわないで。」

乾いた笑い声が 冗談でしょ?と確かめるように漏れる。

「…まゆ、わかんない…」
思考が とまる。


気づいてしまった。
真由の声に、ふざけた色はない。

ただ困惑している。

(真由は本当に私が誰か、わからない…?)

目の前が暗くなる。

(どうして…)


「……もえちゃん…?」

不安げな真由の声。


開きっ放しの口から、返事を言おうとするのに、声が出ない。


まゆは私を
“もえちゃん”なんて
呼ばない。

(…っ)


本当にわからないの?
大丈夫?
何があったの?


言いたいことはあるのに、言葉にならない。

ただ、息ができないように、口から幾度かあえぐような音が出ただけだった。


「ママー、もえちゃんからおでんわー」


電話口から真由の声がこぼれる。

やっとつながったのに。
真由と話せたのに。

「勝手に出ちゃだめって言ったでしょ、まゆ」

女の声が小さくして、通話はブツリと音を立てて切れた。

手首から力が抜ける。

携帯が床に転がるのを 聞きながら、私の頭は働かない。

何をどう考えていいのかわからない。

(どうして…どうして…)
机の上に放り出した左手が、烏龍茶の缶に当たる。
すがるように、握りしめる。

(どうして…)

頭の中が、「どうして」と「真由」だけで一杯になる。
その二つが細胞分裂するみたいに、どんどん増えていく。

頭が破裂しそう。

うなだれたまま、見開いた目から雫がこぼれる。
「どうして…」

手の中でバキッと音を立てて、缶が潰れる。

その歪んだ飲み口の、真っ黒な穴に私の涙がポタリ、ポタリと吸い込まれて行くのを涙でダブった視界に見つめる。


かろうじて
口から漏れる言葉は、
今考えられることは、
一つだけ。

「どうして…まゆ…っ」


喉から声を絞り出した瞬間、







「ねぇ…大丈夫?」
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