朝、あなたに出会って

□1、いつもの、始まり
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(あと…ちょっと…)

きっと前を睨んで、足を踏み出す。
ぐいと力を入れれば、重い鞄も一緒に肩にのしかかってくる。

(うぅ…重い)

隣を、歓声を上げながら小学生が2人、駆け上がって行く。
カタカタと揺れる水色のランドセルを見上げて、私はため息をついた。

とても、3歳差とは思えない。
もう、小学生なんてはるか昔。
思い出せないし、思い出さない。思い出してる暇もない。

(…高校生様はいそがしーんです)

頭の中で言ってみてから、もう一度ため息をつく。
ふと、視線を感じて振り返ると、学ランの男子がさっと目をそらして、追い越して行った。

それと一緒に生暖かい風が頬をなでる。

(…だから、高校生様に休んでるひまはないんです…っと)

向けられる視線を気にしちゃいけない。

そんなのいちいち気にしてられないし、スルーするのが朝の駅のルール。(よっこらせっ…とね)

声は出さない。
もう一度鞄を持ち上げると、私の灰色のブレザーも周りの黒いスーツに紛れて上へと流れて行った。


********


満員電車、という言葉は間違っている、と思う。「満員」っていうのは、定員いっぱいのことのはずなのに。
ここはどう考えてもはるかに定員オーバー。
むん、と熱気がこもって酸素が薄い。
隣のおじさんがちょっと臭い。
たまにするっとお尻に何かが触れるけど、気にしたら負け。
赤い顔で、お互い顔を背けておしくらまんじゅう。
誰もなんにもしゃべらない。
だるまの顔がふと頭を過ぎってクスッと笑えば隣のとがった顎のOLが眉を寄せたみたいだった。
(いいじゃんよ、ちょっと笑ったってさ…)
でも、わかってる。
私は「朝の駅ルール」に従って、咳払いをしてちゃんとごまかした。
(はぁ…)
今日何度目かのため息をつく。
人の頭の間からのぞく外の景色は、ひどい曇天だった。

「三鷹ー、三鷹ー。」

アナウンスの号令で少し荒々しく人の波が動く。さっきの学ランが降りていくのが、ちらりと見えた。

前のおじさんがぐいっと背中で押してくる。でもおじさんが意地悪なわけじゃない。
おじさんだって前の誰かに押されてるから。

(だから仕方ないの。)

後ろの、私に押されてる誰かに心の中で言う。

(朝の駅ルールその2だよ…っと)

謝りはしない。
視界がおじさんの紺のスーツで埋まる。
少しくたびれている気がした。
(奥さんと喧嘩中かな…?)
また笑いそうになって、唇をかむ。

ふっと木蓮が香った気がした。
その時、大きな揺れが来た。
でも、周りは人でいっぱい。
一緒に揺れるから、誰も倒れない。


…はずだったのに。

「あっ…!」

たまたま、人の波がゆるんで。
たまたま、バックが肩から外れて。
たまたま、バックが振り子みたいに私をひっぱって。
たまたま、今日はそのバックがとても重くて。

そうして、たまたま、あなたが私の後ろにいて。



「あなた、大丈夫?」



気がつけば、木蓮の香りに包まれていた。

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