朝、あなたに出会って

□2、何かが揺れて
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「ねー!聞いてよっ!」突然バンバン、と机を叩く萌。
教室のみんなの耳がぴくり、とはねる。
「あのさー、今日さっ、晃がさー。」
ちらっとクラスメートとが何人かこちらを見る。
それを目の端にとらえて、萌がちょっとニヤッとする。
でも、彼女たちに気づいてないみたいに、あくまで私に向かってしゃべる。
いつもより、半オクターブ高い、粘度の増した声で。
萌の声はよく通る。
それに、なんだか、なになにっ?って近寄りたくなるオーラを出してる。
声だけじゃない。
控えめに艶がかかった長い髪と、絶妙な長さのスカートと。
何気なくついたひじの角度まで、全部が「女の子」。

「…でねでね、晃がね!」
萌の声がさらに高くなる。
それと一緒にきらきらする目も、特に大きいわけじゃないのに可愛い。

(…JKってやつだね、ほんと。)

別に嫉妬してるわけじゃない。
私は今の自分に満足してる。

ただ、あぁ、違うんだな、って。

「まゆーっ?きいてるーっ?」

「…うん、聞いてるよ。で、晃君が何だって?」
嘘。聞いてるわけない。だって、萌は本当に私に話を聞いて欲しいわけじゃないから。

「…ねぇ、もえー。」

おずおずとかけられた声に、くるっと萌が振り向く。

「あ、友里っ!ハロー!どしたのー?」

どしたの、じゃないでしょう。
待ってたくせに。

「あ、うん。私たちも晃君の話聞きたいなって思って。いい?」

「もっちろん!椅子もっといでよー。なんでもきいて!友里たちになら全部話しちゃうっ」

友里たちがほっとしたように笑う。

ガタガタと椅子が運ばれて来て、萌の周りをぐるっと取り囲む。

気づいてる、萌?
口元曲がってるよ。

萌は私に、話をきいてもらいたいなんて思ってない。
そうじゃなくて、私だけじゃなくて、みんなに聞いてもらわないと気が済まない。

「じゃっ、最初から話すねー。」

可愛くて、話し上手で、適度にわがまま。
それに頭もいい。

私に話してて、向こうから興味をもつようにするから、誰も萌を嫌がらない。
聞かれたことにしか答えないで自慢しないように見えるから、誰も萌を嫌わない。

周りからどっ、と笑い声が上がった。
「萌かわいー」
「うけるっ!さいこー!」

そんなことないよー、と手をふる萌はもう、私を見ない。
その口元が時折嬉しそうにヒクヒクと跳ねるのを見ながら、私はそっと視線を窓の外に向けた。

**************

「重いのねぇ…。」

その人は私を抱き止めると、そのまま私のバックをそっと差し出した。

華奢な指先が重みに震えている。

紺のスーツから覗いた肌はびっくりするくらい、白い。


見とれる、っていうのはこういうことか、と思った。

顔をふせて、バックを受け取る。

それからすぐ、また駅についてあの人は人の波に飲まれて行った。

でも、見失いはしない。目が縫い止められたみたいに細身の紺のスーツから離れない。

しばらく揺れて、あの人が降りていく。

それと一緒に辺りの甘い香りがすっと薄れたような気がした。

窓の外は相変わらずの曇天。

でも、厚い雲間から細く光がさしているのが見えた。

窓の外を見ているのは私だけ。

みんなうつむくか携帯をいじっている。

頭の間から身をよじって見るその光は、不思議なくらいに綺麗だった。

********

「……まーゆっ!まーゆってば!!」

気がつけば目の前に萌の顔がドアップになっていた。

聞いてない間に何があったのか、周りのクラスメートがみんなニヤニヤしてる。

「…ごめん、ボーっとしてた…」

「もー、ちゃんと聞いててよー。萌、すねちゃう。」

ぷくっと萌が頬を膨らませる。

(はいはい、可愛らしいことで。)

私なんかにかまってたら、せっかく呼んだお客さんがどこか行っちゃうよ。

萌に無言で言ってみてから、私は立ち上がった。
「ちょっと体調悪いみたいだから、保健室行ってくる。」

萌が慌てたように、一緒に立ち上がる。

「えっ、大丈夫?まゆ…」
「大丈夫だから。」
だから、萌は大人しく晃君のこと話してな。

そのまま、教室を出る。ドアを閉めてしばらく行ったところで、友里たちの甲高い声が聞こえて、萌のお話会が再開したことを知る。

(…何が楽しいんだろ。)
廊下の空気はきんと冷えていて息がしやすかった。
「キャーっ!晃君イケメンーっ!」


(晃なんて男、ほんとはいないのに。)


一歩進むごとに教室が
遠ざかっていく。

私はそっと、足を早めた。
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