たいばに。

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しばらくの間、二人の中で言葉が交わされる事はなかった。

ただゆったりと流れゆく雲を目で追いながら、その向こうの青い空を見つめる。

この空の向こうにともえはいるのだろうか…。

…もしそうならお前にも聞いてほしい。


これは俺の…、懺悔だから。



そう心の中で語りかけ、虎徹は短く息を吸った。


「…俺は、さ…。
あいつを、…ともえを幸せにしてやった自信がねぇんだ…。」


消え入りそうになりながらも、なんとか最後まで言いきる。

初めてだった。

隠し持っていようと決めていた、どうしようもないこの想いを、言葉にしたのは…。


バニーは何も言わない。

俺は言葉を続けた。


「記念日だってろくに祝えない。
珍しく祝えると思ったら途中でまた仕事…。
下手すりゃ家に帰る途中で事件に鉢合わせてそのまま帰れずじまいなんてこともあった。
…こんな夫、呆れられて当然のはずなのによ…。
それでも、あいつはいつも『あなたは皆のヒーローなんだから』って…。」


そんなの、分かってた。


俺は皆のヒーローで、ともえはそんな俺の背中をいつも押してくれて…。

それが当たり前だと思ってた。

ともえが倒れて入院してても、心のどこかでこんなことがいつまでも続くんだと

…錯覚していた。


「ともえは俺を支え続けてくれたんだ。
俺はその事になんの疑問も持たなかったし、…だからこれからも…って…。」


だけど、それは単なる俺の願望に過ぎなくて…


…そして、その事に気づけないまま…、あの日がきてしまった。

「5年前のこの日…。
シティ内のあるビルで火災事故が起きた。
その時、ともえの病気は着実に悪くなっていて、医者ももう手の施しようがなくなっていたんだ。
だからいつ危篤になってもおかしくなかった…。
だけど、ともえは自分の状態を分かっていて尚、俺に行けと言った。
…でも…っ…行くべきじゃなかった…!
あの日は絶対に行っちゃいけなかったんだっ!」

あの時の後悔の念が一気に競り上がってきて、虎徹は膝に置いた右手を強く握りしめる。

「じゃあ…、もしかして奥さんは…。」

バニーが反射的に、といったように口を開いた。

「…っあぁ、…その後容態が急変して…俺が駆けつけた時には、もう…。」


どこまでも続いているかのように思えた病院の廊下。

はねのけたドアの重さ。

何もかも無くしてしまったかのような虚無感…。

全て嫌という程覚えている。


どうしてあの時行ってしまったのか、なんて腐るほど考えたさ。
でも“もしも”なんてものは、結局ただの気休めでしかない…。
現実から逃げるための口実なんだ…。

…そして、俺の前に残ったのは…

「…俺は…っ…、あいつを一人で逝かせちまった…っ!」

そんな、どうしようもない…、変えることの出来ない現実(いま)だけで…。

「虎徹さん…。」

俺を案じるように掛けられたバニーの声に、俺は現実に引き戻される。
そして、押し潰されてしまいそうな不安から耐えるように、片方の膝を立てるとその上に拳を置き、項垂れる形で頭を拳に押し付けた。





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