お題
□愛育(鳥籠の中で大切に愛を与えながら育てよう)
1ページ/1ページ
日曜日の朝。
いつもより遅めに起きた雪男は、しかしいつもながら変わらない静寂を保つ寮の中で一つ伸びをして、顔を洗った。
今日の朝御飯は8時30分にウコバクが用意してくれるはずなので、それまでに例のダメ兄を起こさなくてはいけない。
仕方ない、と息を吐き、まだぐーすかと寝こけている兄のベッドへと近づくと、ゆさゆさと肩を揺らした。
「兄さん、朝だよ。起きて。」
「…んー……、っふ………ぐひひぃ…。…まっ、てろよぉ…クロぉ…。す、ぐに……」
しかし、熟睡している燐に起きる気配はなく、夢でも見ているのかにへにへと笑いながら、枕を更に抱き締めた。
しかし一度で起きないのはいつも通りなので、更に追撃をかけようと雪男は、肩に手を置く。
しかしまぁ本当に幸せそうに寝てるな。夢の中でクロと追いかけっこでもしてるのか?
「…………美味しく料理してやるからぁ………。」
狩っている!?!?!?
追いかけっこは追いかけっこでも、命をかけた方だったのか…。と燐の傍らで寝ているクロに憐れみの目を向けると、すでに起きていたらしく、先程の燐の言葉を聞いたのであろう。涙目になりながらぷるぷると震え、そして意を決したように伸びた爪をカッ!!と、燐に向けた。
『ひとのことを勝手に料理するなぁあああああ!!!!!!』
「っ…!!!!いっでぇぇええええ!!!!!」
完全に拗ねてしまったクロは、飛び上がった燐には目もくれずどこかへ去っていった。
「…大丈夫、兄さん?」
なんとも馬鹿げたやり取りではあったが、一応心配の声を掛けると、燐は本気で涙目になりながら大丈夫じゃねぇよぉ…、とぼやいた。
「なんだよあいつ…。こんな起こし方…、はっ!まさかお前がやれっつったのか!?」
クロへの非難のはすが、何故か途中になって何を思い立ったのか燐はこちらへ疑いを向ける。
「そんなわけないだろ。」
それをため息と、その一言で切り返すと、意外にもそっか、と言いあっさりと燐は引き下がった。
多分夢のことを少し覚えているのだろう。
「とりあえず消毒しなきゃ。救急箱持ってくる。」
「ちょ、何言ってんだよ。要らねぇよ今さら。」
救急箱を持ってこようと立ち上がった雪男を燐は言葉で止め、呆れを含んだ視線を送る。
しかしまだ引けない雪男は、でも…と続けるが、いらねぇって!とはっきり言われてしまえば、仕方ないな…と再度同じ場所に腰を下ろした。
「じゃあ動かないでね。」
しかしこれで終わったと思っていたのは燐だけらしく、雪男は燐の腕を掴むと、顔に出来た引っ掻き傷の一本を自分の舌で舐め上げた。
「う゛ぉわっ!?」
当然いきなりのことに、反射的に逃げようとする燐に、雪男は再度「動かないでって」と言うと、半ば押し倒すようにして燐を押さえる。
「おっ前…!!何し…っ!!ひっ!?」
弟の行動に反抗しようと口を開くものの、すぐに次の線を雪男の舌が舐め始め、ひきつった声をあげた。
雪男はその声が聞こえているのだが、しかし舐め続ける。
そして視覚と触覚で感じる燐の傷の治りの早さに眉をしかめた。
それがどういうことを示しているのか、再確認させられているようで気に入らなく、ひどく寂しい気持ちになる。
兄がどんどん悪魔になっていく。人ならざる者に。置いていかれる。置いていっていたのは自分の筈なのに。自分の知らぬ間に兄は少しずつ、でも確実に遠く離れていく。
心の中の兄が掠れていく中で、小さく「雪、男…っ」と自分の名を呼ぶ兄の声がした。
はっ!となって兄の方を向くと、そこには真っ赤になってこちらを見ている兄が確かにそこにいて。
ちゃんと傍にいるんだと再確認したようでどこか暖かい気持ちになった。
ふっ、と微笑むと最後の一本となっていた線が唇の端で終わりになっており、その時ちらりと覗いた八重歯が雪男の何かを煽った。
気付いた時には本能的に自分の舌を兄の口内に這わせ、相手が抵抗しない内に素早く唇を合わせていた。
「…ふぅ…!?…っんん…!!…ふ…っぁ…!」
兄の甘い吐息を聞きながら、舌を擦り合わせ、ぐるりと口内を一周したところで口を離す。
「っぷはぁっ!!」
まだ慣れないのか、浅い呼吸を繰り返す兄を見下ろしながらにこりと笑う。
「ご馳走様。」
「…なっ…にしやがる!!」
がばりと起き上がる燐に当たらないよう、雪男も起き上がると、なんということもなく雪男はさらりと「何って、消毒。」と言ってのける。
「い、いらねぇっつったろ!!!!」
「でももし菌が入ったりしたら大変だろう?一応だよ一応。あ、キスはしたかっただけだから。」
なんともあっけらかんたした態度に燐はそれ以上は何も言えず、真っ赤な顔を隠すように下を向くと、捨て台詞のように言葉を並べる。
「お前…、過保護すぎるっての…。…後、変態。」
それに今度は困ったように雪男は笑うと、「当たり前だろ。」と嬉しそうに言った。
『何処にも行かないで』と、小さく胸の内で祈りながら。
(鳥籠の中で大切に愛を与えながら育てよう)
──まだ飛び立つには早いのだから──