涅局長の研究体保管庫
□実験体の資格
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技術開発局の実験体「保管庫」、虚やら動物やらヒトやらが集められた倉庫の片隅のヒトが保管されている区画に、少女は放り込まれた。
与えられた名は、千五百十二番。
手首に巻きつく鎖の小さな札を見て、少女はそれを認識する。
鑑別用の札と腰巻一枚以外、その身には何も着いていない。申し訳程度に纏っていた一枚きりの襤褸も、ここに来るなり剥ぎ取られた。
自らが声に出して望んだとおり、あからさまに人間としての配慮が排除された扱いに、自虐的な微笑を浮かべた。
目の前で鉄格子が閉まる。
無表情のままかちゃかちゃと錠前に鍵を差し込むネムを、人形のように整った顔だと思いながら少女は無気力に眺める。
「一刻ほど後に生体実験が予定されていますので、あなたにも参加して頂きます」
鍵を握りこみながらネムが告げる。
「何の、実験ですか?」
何の気なしに問うと、ネムの斜め後ろの影から低い声が響いた。
「研究体が知る必要はないヨ」
*
「マユリ様」
「何だ、ネム」
「宜しいのですか?」
「何がだネ」
「千五百十二番さんのことです。あの子供の志願理由は恐らく一時的な感情、長く続いた病と孤独から来る一種の鬱状態にすぎません」
「そんな事はわかっているヨ。だからわざわざ連れ帰って来たんだ。」
「・・・先ほど、『研究体』、とおっしゃいました。実験体ではないのですか」
「実験体だヨ。そして研究体でもある。お前は黙って居ろ」
「マユリ様・・・何を、お考えなのですか・・・?」
「五月蝿いヨ。文句でもあるのかネ」
「いえ・・・。申し訳ありません、マユリ様」
「さて、準備を始めるとするかネ。まずは小手調べ、新薬の臨床試験だヨ」
*
ざり、と草履が床を擦る音に、少女は顔を上げた。
格子を隔てた目の前には注射器を手にしたネムが立っている。腰をかがめた彼女に「腕を」と言われ、少女は黙って左腕を差し出した。
「この薬品は三日の間、半日おきに投与します。あなたの病には影響のない薬品ですので、他の健常者と同じ回数にさせて頂きます」
独り言のように呟きながら、ネムは淡々と静脈を探り、血管に薬品を注入する。
注射器の中の液体が減っていくのを淀んだ半眼で見下ろす少女の、その表情に僅かに映る恐怖にネムは目もくれない。注射が終わると針を替え、また隣や向かいの「実験体」達に同じように注射をしていく。
少女のように静かな者ばかりではなかった。
「やめろ、やめてくれ!」
「今度は何なんだ・・・!」
衰弱した者は声にならぬ喘ぎを漏らし、まだ力の残っている者は言葉で抵抗する。もはや言葉すら忘れたかのように、意味不明の狂ったような叫びを上げて反応する者もいた。
交じり合う異様な声に、少女は一人両手で肩を抱いて縮こまる。
「千五百十二番さん、出てください」
注射を一通り終えたネムが少女の檻の鍵を開けて促した。ゆるりと顔を上げると、「機械実験です」と短く付け足される。
ネムに従って保管庫を出ようとした時、背後から実験体達の潰れたような断末魔が耳を劈いた。
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