短篇集

□脳に効く薬
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 「阿近さん!」
 「あぁ、何か」
 「来て下さい」
 「え?俺この仕事・・・」 
 「いいから早く」
 
 阿近を大研究室から半強制的に引っ張り出したネムは、局長であるマユリに起こってしまったことについて淡々と説明し、協力を求めた。
 この状況にネムだけでは人手が足りないが、あまり人に知られたい話ではない。その有能さを信頼して、ネムは阿近一人を助手に選んだのだ。

 学者にとって致命的な薬品を局長が誤飲という事態に阿近も愕然としながら、ネムとともに資料にひととおり目を通す。
 「でもなぁ」
 阿近は眉間の皺を深くして唸った。

 「これだけじゃ心もとないな。成功したっていうくせにこの資料微妙に間違ってるし、確かこの薬品、こないだ局を辞めた奴が作ってったんだろ?」
 「はい・・・」
 試算を組み立てては崩し、書いては消しながらネムは答える。
 「くっそ、解毒剤も作ってから辞めろってんだよな・・・」
 がりがりと頭を掻いて阿近は悪態をつき、一度見た成分表を再度見直した。

 「最も多く使われている成分の作用を打ち消す薬品は既にあるのですが、それを使うと他の成分と化合して脳に更なる悪影響を及ぼす可能性が高いのです」
 「ああ。面倒な配合にしたもんだ」
 
 「・・・あ」
 実験室にある別の資料を高速で洗い直していたネムが、おもむろに声を上げた。
 「そうか・・・!」

 「どうした?」
 「これ、脳の同じ分野に作用する別の薬品を開発した時の資料のようです。
 開発自体は流通前に頓挫していますが、薬品とその解毒剤の成分配合を見ても、大きな手掛かりになりそうです」
 「それ解毒剤があるのか!」
 阿近はネムに駆け寄り、手元の資料を覗き込む。
 「本当だ。これだけ資料があれば」
 「すぐに解析と、実験に入りましょう」
 
 ふたつの資料の山から解毒剤開発に使える要素を抽出し、ネムと阿近は実験室に飛び込む。
 中で畸形個体の解剖中だった局員達がぎょっとした顔で振り返った次の瞬間、局長室から叫び声があがった。

 「うあああああッ!!!」

 目を覚ましたか、とネムは内心舌打ちする。
 麻酔薬でも打っておきたかったが、解析前の薬品との禁忌を怖れて止めておいたのだ。
 薬品の作用に恐怖し錯乱するマユリの裏返った絶叫が実験室まで届く。

 「頼む、ちょっと場所貸してくれ!」
 阿近は局員達に叫んだ。
 「局長が大変なんだ!」

        *

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