短篇集

□宴に泣く
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 「・・・それで。」
 「はい。」
 「何故、私が、こんなところに、居なければならんのだネ・・・!」

 庭に面する障子を少しだけ開けた宴会場。
 盃に手もつけず低い声で唸るマユリの横に、行儀良くネムが正座している。
 局から離れれば離れるほど、残してきた研究資料のことがマユリの脳内を席巻する。

 「松本副隊長に私が勧誘されたのです。そこに草鹿副隊長もいらっしゃって、私が止める暇もなく・・・申し訳ありません」
 「結局お前も加担していたじゃないかネ。後で覚えておき給えヨ」
 「すみません・・・」
 
 僅かに萎縮するネムの前にも、京楽が強引に注いでいった盃が置かれている。
 その京楽は今、離れたところで浮竹や七緒と談笑している。
 マユリはこういった騒がしい場を好まない。
 強制的に連れて来られて尚更苛立っていたマユリはすぐさま立って局へ帰ろうとしたが、盃を手に取ったままぼんやりと他の連中の騒ぎを眺めるネムに目をやって、どさりともう一度座り込んだ。

 「飲まないのかネ」
 一口も口をつけずに盃を両手に包んだままのネムに、マユリはぶっきらぼうに問いかけた。
 「・・・は。私は」
 遠慮がちにネムは俯く。盃を置くか置くまいか逡巡しているような顔だ。
 
 「飲んでも問題はないヨ。お前の体は酒ごときに左右されるような性能ではない」
 騒ぐ同僚を睨むように見ながら呟くマユリの声に、ネムは軽く首を傾げた。
 「良いのですか。」
 小声で問うとマユリはじろりとネムを横目に睨む。
 
 「お前に飲食物の種類の制限を課したことがあったかネ?」
 「・・・いいえ。」
 「影響は一切ないヨ。私が口をつけないのは・・・単に好きでないだけだ」
 
 つまらなそうというよりは気に食わないという表情で、マユリは檜佐木や吉良を巻き込んで大騒ぎを始めた乱菊達を見遣る。
 ネムはおずおずと、盃に唇をつけた。
 
 不思議な苦味と甘味、心地よい温度が舌を滑り落ち、馥郁とした香りが鼻を抜ける。
 少しするとそれらは食道から消化管の上部で熱に変わる。
 初めて味わう感覚に戸惑う。確かに好きではない。
 だが、嫌いでもない。



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