短篇集

□星と鳥籠
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 もうずいぶん伸びた青い濡れ髪を、後ろからネムが拭く。
 細いが量は多い髪。色以外は、ゆるやかな癖の付き方もネムと同じだ。
 こうして拭いてやりながら、海のような藍色を眺めるのが好きだった。
 長い髪、骨格の浮いた胸元、少しだけ歪んだ背、神経質で有能な狂科学者がただの男に戻った時間にネムは接する。

 また朝になればネムはこの髪を整える手伝いをするだろう。
 その代わりにネムの髪を編み込むのは父親がやってくれる。動くんじゃないヨずれるだろう、などと小言を言いながら、父親はその面倒な作業を決して手放そうとしない。
 自分の「上官」でなくなった父親と話すのが好きだった。

 父親は常に居丈高にネムを縛りつけ、阿近などはそのネムを時々心配してくれる。
 もうとうに慣れたとは言え、理不尽に怒鳴られたり踏みつけられたりしていると、怒りや悲しみに鈍いネムでさえ時には逃げ出してしまいたくなる。
 しかし、研究に没頭したり、局の外の女性死神協会でやちるや七緒や乱菊と話したりしているうちに、そんな思いは大抵薄れていってしまう。
 そうして残るのは、もっとこの立場で研究を続けていたいという思いと、こうして「上官」が目の前で「父親」に戻る時の小さな安らぎ。

 わかっている、自分はそういうふうに造られているのだ。

 湿った髪を適当にまとめて薄い小袖を着流し、明日の局での仕事の話をしながら父親は眠たそうな顔をする。
 あア眠い。
 その気の抜けた声を聞いていつも、ネムは少し、ほんの少しだけ微笑む。
 
 こういうふうに造られたのなら、自分はそれに感謝すべきだと思う。

 こんなにも強靭に高性能に造られたネムも、この男の前には閉じ込められた弱い小鳥と同じ。
 それでもこの小鳥は硬い鳥籠の中に安住し、外に出ても自らの意思で鳥籠の中に戻ってくる。
 
 ずっと閉じ込めていて欲しい。
 「作品」なんかじゃない、こうして「親子」でいられるのなら。
 
 局内のそれからは想像もできぬほどに緩んだ空気の中、ネムの瞼も重くなる。


          *

『星と鳥籠』了
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