短篇集

□星と鳥籠
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2.ネムの場合
 
 ネムの父親は単純だ。

 「マユリ様。」
 夕刻、仕事に一区切りつけたばかりの父親にネムは話しかけた。

 「今夜は秋刀魚を焼きます。伊勢副隊長から分けて頂きましたので」
 言うと父親は金の目を見開いてこちらを見た。
 
 「ホゥ!本当かネ、それは」
 
 頷くと表情を輝かせ、奥へ戻る歩調を速める。
 「仕方ない、少し急いでやるとするヨ」
 尊大な言い方をしながら態度はとても嬉しそうだ。ネムは微笑んだ。
 
 ネム自身も、お裾分けを貰った時はとても嬉しかった。
 何といっても、ネムは父親ひとりとしか血がつながっていない。
 どの親子よりも血縁の濃いネムと父親は、好きなものも嫌いなものも、すべてが同じなのだ。父親に嬉しいものは、ネムにも嬉しい。

 居室に戻りネムが食事の支度をととのえる間、普段素知らぬ顔で研究資料を読み直したりしている父親は頻繁にネムの手元を覗き込みに来た。
 まだ焼けないのかネ?なんて。
 食事ひとつでそわそわしてまるで子供だ。などと思いつつ、ネムもやはり火が通るのが待ち遠しい。

 手先の作業ばかりしているせいか、ネムも父親もとても器用だ。
 父親は箸で器用に身を取る。小骨の多い魚だが食べ終わるのにはあまり時間を要さない。骨格の細長い秋刀魚を崩すことなく綺麗に骨だけにする。
 同じように綺麗に食べながら、ネムは父親のその手を見つめる。
 こうして食事を摂る間、華奢な手の滑らかな動きを眺めるのが好きだ。
 
 刀を振るうのでもネムを殴りつけるのでもなく、せわしなく職務のために動くのでもなく、食事というこのただただ平和で普遍的な作業のために器用に動く、骨張った手。
 白く塗り固められたその下の肌の色は、ネムだけが知っている。


 外にいる間は奇矯な外見で視線を集めたり逆に敬遠されたりする父親だが、仕事を終えて風呂から上がればそう奇妙でもない。
 耳や顎の改造の痕、身体じゅうを這う縫い傷。
 それらを除けば、特別に美しいわけでも醜いわけでもない父親の顔立ちと体躯は他の死神の男達と変わりない。

          *

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