短篇集

□星と鳥籠
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 半刻ほどして地下から出てきた上司に、阿近は歩み寄った。
 「局長。俺の・・・報告書」
 「ああ、見たかネ」
 阿近は斜め下に視線を落としてたった今まで見ていた報告書の文面を思い出す。
 筆圧の強い四角い字は、この上司の手によるものだ。

 「あれを読めば解ったと思うが、今回の君の実験には無駄な段階が多過ぎる。
 忙しかったとは言え、君ともあろう者があんな単純で短絡的な実験計画を立てるとは拍子抜けだネ。局内で私の助手を一番多く任せているのは君なのだから、常に頭を使った効率的な仕事をしてくれないと困るのだヨ」
 
 机の上の資料には、阿近が行った実験のそこここに省ける段階やより効率的な別の解析方法などについて指摘する書き込みが入っている。
 この人物にしては柔らかな、しかし阿近の科学者としてのプライドを砕くには十分な言葉に阿近は拳を握り締めた。
 
 「はい・・・もう一度分析し直します。すみませんでした」

 何とか謝るが、声が低く震えてしまう。
 俯く阿近に軽く息をついて、そうし給え、と上司は背を向けた。
 
 「次に期待しているヨ。」

 阿近は反射的に顔を上げて瞠目し、しかしすぐにまた俯く。
 席に戻ると隣から鵯州が驚いたように呟いた。
 「今すげえ有り得ないセリフが聞こえたんだけど。お前気に入られてんだな」
 「・・・るせぇ」

 顔を顰めて報告書に視線を戻す。悔しくてたまらない。
 「単純で短絡的」だって?
 「頭を使え」だって?
 
 顔を上げれば机上のモニターには普段の倍は目つきの凶悪な男が映る。
 報告書を片手に、既に終えた実験を初めから分析し直した。
 もう絶対に言わせねぇ、二度と。
 いや、いつか同じことをあんたに言い返せるくらい、有能な学者になってやる。
 
 神がかった狂科学者を超えてみせると、勢いで決めてから阿近は内心少し落ち込む。
 あの男は学問のために何か大きな物を捨て去っているからこそ、驚異的な才能を発揮できるのだと、百年傍で見て解っていたからだ。
 知っている、自分が自分である限り超えるなどできないであろうこと。
 知っている、いくら吠えても永久に手の届かない星なのだと。

 
 それでも分析を続けながら、阿近は自分の仕事を一区切りつけてネムとともに居室へ帰ろうとする上司の声を小さく聞いた。
 「・・・ホゥ!本当かネ、それは・・・」
 
 ネムから面白い研究題材の話でも聞いたか、或いは何か思いついたのか。
 頭の隅で考えながらキーを叩き、どこまでも科学者であり続ける上司を阿近は必死に追う。恐らく、他の局員達と同じように。
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