短篇集

□花愛づる鬼
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 「重いか」
 「わかりません」
 「なら」

 短く応酬しながらネムの表情と同じように阿近のそれも翳ってゆく。

 「痛いか」

 ずいぶんと抽象的な、おそらく彼女には無意味な問いを矢継ぎ早に投げる利己的な行為。

 「痛覚ははたらいておりません・・・が」

 体内の生体機構の動きを確かめるように視線を伏せてネムは律儀に応える。

 「『痛い』と、言ってもいいようにも思います」

 浮かべる表情に戸惑いながら目を閉じる、この義骸の動きの滑らかさ。
 この義魂の仕組みの複雑さ。

 阿近のなかの不思議な暗さを持った昂揚は不意にさめた。
 口調を和らげて軽い溜め息とともに語りかける。

 「苦労させてんな」
 「・・・は」
 
 ぽかんとしたネムが首を傾げ、曖昧な声を上げる。
 阿近は局長とともにネムの声域を調整した時に聞いたサンプルの声を思い出す。
 もう何十年も前のことだ。
 この平坦な声で言葉少なに、こんな複雑な感情を語ろうとは。

 「もっとあんたを・・・淡白に造ったつもりだった」
 
 ネムはゆるりと首を振る。

 「嫌と思ったことはありません。それに」
 
 阿近を見上げながら、ネムは別の『誰か』の姿をながめる。

 「マユリ様がこのように、調整してお造りになられたのでしょうから」

 音のひとつひとつを丁寧にいとおしむように口ずさむネムを、阿近は言葉を失って見つめる。
 ネムがその瞼の裏に眺める『誰か』に見せてやりたい気がした。

 ―――知ってっか。あんたの名を人前で口にする時、こいつの目は嬉しそうに緩むんだ。
 何でこんな繊細に、こいつを造ったんだ?
 局長―――。

 「痛みも、頂いたものですから」
 
 気紛れな父に預けられた苦痛を大事に抱きしめる、その頬が翳りを留めたまま緩む。
 肩に置いた手をネムにそっと外されて、阿近は自らの利己的な気遣いを目の当たりにする。

 「もう、大丈夫です。お気遣いなく」
 
 整理を終えた書類をまとめて抱え、ネムは立ち上がって奥に去っていく。
 端正な後ろ姿を見送って阿近は自分の席に掛けた。
 「強いな。・・・まぁ、そう造ったんだが」
 
 背凭れに身を預けて、天井を仰ぐ。
 長く溜め息をついて目を伏せたまま、囁くように一人つぶやいた。

 「・・・弱いのは俺、か」
 
        
         *

『花愛づる鬼』了
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