短篇集

□目は口ほどに物を言い
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 行ってみると、仁王立ちの局長の前で、数年前に入局したばかりの局員が縮こまっていた。足元に散らばる資料。
 
 一枚を拾って、俺は理解した。
 こないだ任された実験、こいつ失敗させちゃったらしい。
 見たところ、悪いけど結構凡ミスだ。惜しいところで確認を怠ったな。
 
 人のせいで研究が滞るのをもはや憎んでる局長は相当おかんむり。
 「阿近!君の教育がなってないせいでもあるんだヨ!」
 ・・・そしてとばっちりを受ける俺。よくあることだ。

 半泣きの局員と並んで頭を下げる。
 今度は俺が付き添って必ず成功させることを確約して、嵐はなんとか過ぎ去った。
 書類を拾って局員が去ったあと、俺は局長にぽつりと言ってみた。

 「・・・でも、入局数年であんな実験任せちゃうなんて、局長案外あいつのこと買ってるんスね。」

 言った後の反応は・・・これも判ってる。 ホラ、怒ったろ。そうそう、その時は人手がなかっただけだヨとか、余計な詮索をしてる暇があったら仕事に戻りたまえヨとか。
 机叩いたりしてな。素晴らしく想像通りだ。
 
 内心面白がってしまう。
 ホントはあいつに期待してるんだから、もっと励ましてやればいいのに。
 
 ・・・これも言ったら殺されるけど、あんたってある意味ちょっと可愛い。
 子供みたいで、面倒だけど。


 すんません、なんて口だけ謝って、さらりと俺は話を次の仕事に戻す。
 そうすると一気に頭が冴えたらしく、あんたは「仕事の顔」になる。
 って言っても真面目な顔じゃない。
 これから祭りでも始まるみたいに楽しそうな、肉食獣の顔。
 
 さっきとは別の研究について、次の実験をすぐに始めることが五秒で決定した。
 鶴の一声でネムちゃんが物凄い速さで準備に向かう。局長とほぼ同じ脳してる彼女もやっぱり何だか楽しそうだ。


 変で幼稚で迷惑な人だけど、科学者としての局長の腕に俺は心底ほれ込んでる。
 この痩せこけた手や脳がくるくる動いて、研究の段階を進める速さといったら。
 
 俺だってそれなりの腕を持ってるつもりだが、局長の仕事はその俺が苦心して開発した研究の、みっつも、よっつも上を、すっげえ余裕で走ってる。
 結構な地位を貰ってるはずの俺の仕事は嫉妬と挫折の繰り返しだ。
 あんたを見て毎日何度も絶望して、何度も立ち上がってんだ、俺もみんなも。


 いま俺の目の前で餓えた獣が丁寧に獲物を裂く。
 そのグロテスクな光景を、俺は美しいとすら思う。
 
 隣で一緒に裂きながら思う。
 いつかこの獣に俺もなりたいと。

 俺の絶望と希望と崇敬は全部、深い金色をしてる。

 検体を前に意欲をみなぎらせるその目が好きだ。
 自分の研究への興味と希望に、爛々と輝くその光が俺は大好きだ。


            *

『目は口ほどに物を言い』了
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