涅局長の研究体保管庫
□実験体の資格
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『実験体の資格』
ぐん、と裾が引っ張られるような感覚に、涅マユリは足を止めた。見ると先程視界の端で地に倒れた少女が、半身を起こしてマユリの死覇装の裾を掴んでいる。この界隈では珍しくもない、傷と泥まみれのくすんだ肌にぼろ切れのような着物を纏った年端も行かぬ少女。
振り払おうと足を浮かせた時、掠れた声が耳に入ってきた。
「連れて行って、ください」
眉間に皺を寄せ、忙しいのだヨ、と言うと、少女は知っていますと返した。
「技術開発局のお仕事ですよね、涅局長」
どこで知ったのか。片眉を上げるマユリに少女は、ついぞ聞かぬ台詞を訴えかけた。
「私を、実験体にして下さい」
背後で娘のネムが軽く驚く気配を感じつつ、マユリはようやく向きを変えて少女を見下ろした。
「…何?」
「聞きました、健康な隊員だけでなく病人も募集してるって。」
「どこで聞いた」
「死神志望の知り合いと一緒に、隊員募集の記事を読んだんです。…私、病人です。治る見込みもお金もない、このままここに居たって野たれ死にして朽ち果てていくだけ…!」
マユリが見下ろす少女の頬には赤みがかった斑点が浮き、着物から覗く痩せこけた四肢にも同じ斑点が見える。
「お願い、この体つかって下さい…」
昏い目で少女は絶望にすがる。黙ったままのマユリの眉間の辺りに、ネムは「気に食わない」というような感情を読み取った。
「…フン」
マユリは振り向くとネムを呼び、目配せをする。
「しかし今日は虚の実験体収集を…」
「いいから載せ給えヨ。」
「…はい、マユリ様」
ネムは少女に近付いた。
「いい度胸だヨ。本来ヒトの実験体は足りてるんだが、特別だ」
ぽかんとする少女を手際良く担ぎ上げて台車へ運ぶネムを目で追いながらマユリが口角を吊り上げる。
「望み通り、その体ドロドロになるまで使ってやろうじゃないかネ」
その表情にネムは、かつて怒り任せに自分をバラバラにした時の父の目を思い出していた。
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