短篇集

□産まれ堕ちれば、死んだも同然
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 発生の瞬間から、総ての生命は死へと歩き出す。
 肉眼で確認できない生物のその細胞の一つに至るまで過たず死すことが約束されており、生物として発生し生まれ落ちて成長するということは、その滅びへ向かってゆくことに他ならないからだ。


 
『産まれちれば、死んだも同然』



 私が親になったのは八十年程前のことだ。
 娘はどこの女との子でもない。ただ私の遺伝子だけを持って生まれてきた。
 
 結婚という制度を否定するつもりはないが、興味もない。
 理論の通じぬ凡人と連れ合う気は毛頭無いし、好きに使うこともできぬ他人に心を割くなど無益に等しい。少なくとも私にはその必要は無い。
 そんな暇な事をするくらいなら、検体や薬品や機器や数字に向かい合っていたいのだ。
 命ある限り一瞬たりとも、私に「科学者」でなくなる瞬間が在ってはならない。

 しかし、たった一人でというのも不便だ。
 全く忌々しい話だが、私を地下から引きずりだした浦原喜助(名を口にするのも忌々しい)やその副官がいちどきに技術開発局から消えて、私はそれを実感した。
 
 初めはあの五月蝿い小僧と不愉快な男が居なくなったことで胸のすく思いがした。
 余計な邪魔が入ることなく自らの研究に没頭できると思っていた。
 それは確かにそうだったが、同時に大きな人材を失ったということに私は暫く経って漸く気が付いた。
 
 器具や資料を運ばせるのに手近に使える者が減った。
 あの小僧は五月蝿いしすぐ物を壊すが、仕事自体は人一倍早かった。
 研究について対等に議論を戦わせる相手も消えた。
 あの男は始終にやにやと浮ついていて不愉快だったが、頭の回転の速さと柔軟さ、理論構成の優秀さには一目置いて然るべき人物だった。

 本当に、全くもって糞忌々しい話だが、居もしない彼らの名を癖でうっかり呼びつけてしまい、局員に憐れむような視線を向けられることも時にはあった。
 あんな奴らに、私が揺らがされていると思われるのが我慢ならなかった。
 ひどく苛々した。悔しかったのかもしれない。
 
 私は負けず嫌いな性質だが、この頃ほど自分の力を見せ付けてやりたくなったことは後にも先にもなかった。

 あの莫迦共が居なくとも、私の研究は滞りなく進む。
 一人でも十二分に活用に値する技術と頭脳を私は持っているし、それを持ってすれば現在私に不足している人手すら、凡人に頼らなくともこの手で生み出してしまえる。
 そう、どこかから雇うよりもずっとずっと優秀で従順な、たった一人で何十人分の仕事でもこなせるような人手を。
 そう主張したかったのだ。
 
 誰に?無論私を浦原の部下としか思わぬ連中にだ。
 自分に主張するほど私は自信を失っていないし、居もしない男に見せ付けたがるほど暇でも虚しい人間でもない。

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