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□東方伝記
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━時は遥か昔にさかのぼる
「瑠美!!今日の朝飯はなんだ?」
「若様…!私は見ての通り洗濯を任されておりますので…」
「あははーはーはっ。知っている。そなたを見掛けるとついからかいたくなるのだ。…ほら、花弁がついたままだ」
「あっ…///」
そう言って、朝から爽やかな笑顔で話し掛けてくるあなた
私の髪についた桜の花弁を指ですくいとり、もう一度風に乗せるあなた
廊下を歩く姿さえ絵になるくらい優れた容姿のあなた
この密かに抱いてしまった気持ちは
誰にも知られてはならない
「若様は瑠美に御執心だねぇ〜」
「ふっ、フネさんっ!!」
私が洗濯物を桶に持ったまま彼の後ろ姿を見つめている所に
ちょうど背後から話し掛けてきたフネさん
彼女はこの鄭家に一番長く務めている女中で
女中達をまとめるリーダーのような存在
私にとっては母同然のような存在でもある
「そんなことないですっ。私は只の女中の一人ですから…」
「そうかい?長年若様を見てきたけど、お前と話す時だけ随分と楽しそうだ」
「気のせいですよ。若様は皆に平等に優しいですもん」
鄭家の御世継ぎ
世子である長男のユンホ
至って真面目で誠実
慈悲深い瞳が特徴で
どんな人にでも対等に向き合い、力になろうとする
そんな彼を家臣達は皆心から慕っていた
私も同様に、彼に助けられたうちの一人だ
「若様もいい歳なんに妾一人も作らんで。あの容姿だから見合いの話ぐらい出てもいいのにねぇ」
「はぁ…、そうですよね」
「この際お前が側室(御妾)になればいいじゃろ!正妻は無理でも世継ぎが産まれりゃ御の字だ♪」
「ええっっ////!!私がっ!?ぜっ、絶対ありえません!!」
フネさんが言うように
若様は独身の身でありながら、側室にも誰一人置いておらず
周りからは真面目過ぎると言われたり
もしかしたら男色の気があるんじゃないかと噂される程
でもやがては
鄭家の繁栄の為にも結婚はしなきゃいけないし
子孫を作らなければならない
そう考えただけで
胸がチクリと痛む
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