10000筆頭企画

□闇を翔ける鴉
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そう佐助が心内で宣言してから、もう数日が経っていた。

「……」

「何、その顔?」

あれだけ頑なに会わないと決めていた佐助は、現在小太郎と共に栄光門の上に座っていた。
確かに、佐助は自分から小太郎に会いに行ったりはしなかった。小太郎と、偶然の様に任務終わりにばったり会ったとかそれくらいだ。
その度に小太郎は佐助を呼び止め、他愛のない話をし合った。その際に見せる小太郎の表情や言葉に、佐助はだんだん興味を持ってしまった。
それからというものの、任務終わりに会うだけではなくなったのだ。仕事のついでに、とか鴉が、とか何かしら事情を自分に言い聞かせて小太郎に会いに行く様になったのだ。
我ながら、心変わりが早いと佐助は思っていた。だが、小太郎が自分だけに見せてくれる表情や言葉というものに優越感に似た様な感情を抱いていた。
今となってしまえば、佐助にとって小太郎は結構高い位置づけに居た。何も言わなくとも表情や言いたいことが理解出来る様になった。

「……何故、俺の所に居るのか。そんなことを考えていた」

「俺が風魔の傍に居る理由? ……そんなの、俺だってわかんないよ。ってか、俺が知りたい」

「……」

佐助がそう言うと、小太郎は黙って前を向いた。彼の顔に張り付けられている表情はなかったが、その裏に隠れている『出てくる筈の表情』が読めてしまった。

「何? 何でそんな嬉しそうな顔してる訳?」

「……」

「ちょっと、答えてよ! ……ったく、変な所で黙るよね風魔は」

頬を膨らませてそう言うと、風魔は困った様な顔をして佐助の方を向いた。無論、そう見えるのは彼だけなのであるが。
それに気付きながらも無視を決め込んでいると、小太郎は一度だけ行動を止めて何かを考える素振りをした。そして、鍛えられた自分の腕を佐助に向かって伸ばした。
指の先は佐助の頬であった。膨らませた頬をつつかれ、佐助は目を丸くして小太郎のことを見た。怒るな、と暗に言っている様な顔と対面した。

「……冗談だってば。そんな可愛いことしても、俺は揺らがないからね!」

「……?」

つつかれた頬を少しだけ赤くして、佐助はそっぽを向いた。その行動と言葉が理解出来ないのか、小太郎は首を傾げていた。
無感情で冷酷な忍の蓋を開けてみれば、随分と年相応な青年が出て来てしまって佐助は焦っていたのだ。と言って、小太郎の本当の年齢は誰も知らないから佐助も知らないのだが。
何時、そんな小太郎に心ごと自分を持って行かれるかわからなかったからだ。きっと、今の状態で小太郎に告白紛いの様なものをされてしまえば佐助はどう返答するか、自分でもわからなかったのだから。
確実に、弱ったことに隣に居る小太郎に惹かれてしまっているのだ。一緒に穏やかな時間を過ごし、忍というものを捨てて接している二人だけの時間に心が安らいで仕方ないのだ。

「……俺、もう帰るわ。お仕事もあるしね」

「……また、な」

敵国の、しかも忍同士。絶対に抱いてはいけない感情。その筈なのに、佐助は彼への気持ちを断ち切るということが何故か出来なかった。
高い門から降り、近道である森の中に姿をくらます。
帰り際に佐助を見送る時、小太郎は躊躇った様に「またな」と言う。やはり浮かんでいるのは無表情だが、その言葉や裏にある本音が佐助の心に突き刺さるのだ。



――また、会ってくれるよな?



小太郎は、佐助に別れの挨拶を告げる度にそう暗に問いかけてくるのだ。最初のことも、忍同士という立場もあってか佐助が会ってくれないだろうと予想してのことだと佐助は思っていた。
その様な弱った所を見せられると、佐助としてはまた小太郎の元へ来ざるを得ないのだ。人に裏切られる痛みを誰よりも知っているからかもしれない、それとも小太郎を傷付けたくないと思っているのかもしれない。
それすらも、佐助はわからなかった。自分の心が理解出来ない日が来るなどとは思ってもみなかったことなので、困惑してしまう。

「? 何だ、この気配……」

考え事をしている内に、四方八方に気配を感じた。そこから、何者かに囲まれてしまったということに気付いた。
一番してはいけない失敗をしてしまい、佐助は自嘲の笑みを浮かべて大型手裏剣に手を伸ばす。
甲斐へと戻る道とは逆に、日の光が当たらない奥へと気配を誘い込む。その方が行動しやすいし、相手も早く姿を現してくれると思ったからだ。

「良い加減、出てきたらどう?」

そう言って、佐助は手裏剣を一つ気配の塊の方へと投げる。木々の間に手裏剣が通り、暫くするとそこを何かが落ちていく様な音がした。
多分それは人だろう、と佐助は冷静に相手を分析していた。悲鳴も上げずに尽き、そして仲間であろう人達は構うことなく佐助の前に姿を現した。同じ忍だろう、と確信した。

「俺様を暗殺? 笑わせてくれるじゃないの」

相手の忍は、佐助の言葉に答えることなく木を蹴ってこちらに向かって来た。多勢に無勢の今の状況だが、佐助は至って事務的にそれをあしらっていく。
投げられた苦無を弾き、相手の隙を突いて手裏剣を投げつける。何人かの忍が落ちて行くのを一瞬だけ確認して、背後から伸びてきた刀を素早く取り出した手裏剣で受け流す。
一旦自分の周りから忍が居なくなり、佐助はそれを好機と見て木の枝に飛び移る。そして、そこから少し距離のある枝まで飛び移る為に枝を蹴る。
枝と枝との間、空中で佐助は引き寄せの術を使い全員を自分に出来るだけ近付ける。驚いて何も為せない忍達の一人の背中を使って目的の枝へと足を付ける。
後ろからは、金属が肉を斬る音や鮮血が噴出する音が聞こえた。自分を攻撃しようとした一人一人を一か所に集結させれば、互いを斬り合うことになるのは必然だ。
後ろを確認せずとも、忍が一人残らず陥落したのを佐助は理解した。森の中から、目立った気配が消えたからである。

「……全く、これくらいで倒される様じゃまだまだなんじゃない? ねぇ?」

依然、嘲笑うかの様な笑みを張り付けて佐助は虚空を睨みつけた。その先に、目立たない気配を持つ人物が居るのを知っているからだ。

「……」

「どういうつもり? 風魔」

そこから出て来たのは、佐助の予想通り小太郎であった。彼の手に刀が握られていることと、今起こったことを照らし合わせて佐助はある予想を導き出していた。
問われた小太郎は、刀を鞘にしまって佐助の目の前に来た。

「……こいつらは、俺の部下だ」

「へぇ? で、その部下が俺を殺そうとしたのは何でかなー」

「……主からの、命令だ。俺が指示をした」

予想したことが、寸分の狂いもなく当たり佐助は表情を消した。数時間前、あんなにも穏やかに過ごしていた人物が急に敵に回る。この国にとっては日常茶飯事のことだ。
ただ、それをしたのが小太郎というのが佐助には物凄く気に入らなかった。忍だから主の命令は聞いて当然だが、今までそれを傍観していたということは彼にもそういう意思があったと見なされるのだ。
佐助を、自らの手で殺めようとした意思が。

「……主からは、『忍』を殺せとだけ命じられた」

「……」

「……それが、猿飛だとは知らなかった。知って、部下達を止めようとした」

「どうだか。それがもし本当だとして、あんたは何で……」

小太郎が嘘を吐かない、そのことはわかっていた。だが、思いに身を任せて酷い言葉が口を出てしまう。その前に、小太郎が佐助を抱き寄せた。
それに驚いてしまい、佐助は続きを発せなかった。だが、それで良いとどこかで思っている自分が居てまた嘲笑を浮かべた。

「……悪かった。すぐ、お前を助けに行けば」

「……良いよ。事情、あったんでしょ?」

すっかり落ち着きを取り戻した佐助は、小太郎の背中に腕を回した。触れる体温が、小太郎が人間であることを表してくれていた。
そのことに、どうしようもなく安堵してしまう。自分と同じ人間だと思うと、彼がどんなに残酷な忍でもそう思えなくなってしまうのだ。

「俺達、どうして忍なんだろうね」

「……」

「そうじゃなければ、こんなことにはならないのにね」





――お互いを疑うことも、しなくても良いのに。





その言葉だけは、敢えて口にしなかった。そうしてしまえば、何かが終わってしまうと思ってしまったからだ。
終わり、というのが何かは佐助にはわからない。ただ、漠然とそう思うだけなのだ。
しかし、小太郎はそれを理解したかの様に佐助を抱き締める腕の力を強くした。

「……それでも、俺達は忍だ。抗えない、事実だ」

「……うん」

「……疑い、自らの手でお前を傷付けてしまう。そういうことが、あるかもしれない。だが、俺はそれでも……心の底で佐助を愛している。それだけは、忘れないで欲しい」

饒舌に喋る小太郎は本当に珍しいもので、今の言葉が本音であるということを佐助は思い知らされた。
忍の癖に、喋らない癖に自分の思いを真っ直ぐ伝えてくる小太郎。そんな彼の虜になってしまっている、と改めて佐助は思った。
ゆっくりと、小太郎は佐助の身体を離した。肩を掴み、顔を近付けてくる。
じれったいと思う程ゆっくりな行動は、この先にある行為に対しての抵抗をする時間を設けられているのだ。それは、勘の良い二人にしか出来ないことだった。
佐助は、それに抗うことなく小太郎の唇を受け入れた。どこまでも優しく、柔らかく口付けるだけの子供の様な口付け。それでも、小太郎の気持ちは十分に知ることが出来た。

「本当、何で俺達は忍なんだろうね? ……小太郎」

小太郎の胸に顔を埋めて、佐助は無表情で言った。小太郎はそんな彼の表情が手に取る様にわかり、その自分より華奢な身体を壊れない様に、しかし強く抱き締めた。
二人の忍の、不器用な愛の告白を見ていたのは木々から覗く月だけであった――……。










→後書きというかお礼
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