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□※君はそれを知らない
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…眩しい。

朝の光が閉じた目蓋の裏側までも焼き付ける。
昨夜は日付が変わって3時間程たった頃、任務を終えて帰還した。
自分に纏う誰かの返り血と、ざらつく砂ぼこりが大層不快で直ぐ様眠ってしまいたい欲求を抑え込みシャワーを浴びた。
その後シャワーで冴えてしまった目に眠りを促す様によく冷やしたペリエを少し飲み、ベッドに滑り込んだところで記憶は無い。恐らく深く寝入ってしまったのだろう。
窓から差し込む朝日はいっそ暴力的で、だけれどカーテンを引きに立ち上がるのも億劫になり窓に背を向ける事で遣り過ごそうとぐるりと向きを変え、何気なく下ろした先で視線が止まる。

「…は?」

向きを変えたその先に、不自然な膨らみがあり、生き物の様にゆっくりと上下している。
寝起きで朧気であった意識が急激に目覚め、脳に回転を促し記憶を探り出した。

暫く考え込んでも女を買った覚えはない。というより、最近女を買おうなどという気になれない程に自分を惑わす存在がすぐ傍に在って、随分とその行為からは遠退いていた。

膨らむ布団にかけた左手の下、眠っているのがいっそミンクであればいい。
自分の一部ともいえるその存在であるならば、布団を掛直してやって再び夢の中に意識を落としてしまおう。
だが、もしそれ以外ならば。
こうは思っているが、頭の中ではとっくに「それ以外」の答え等出ていて。

確信と覚悟を持って布団を捲りあげつるとそこには予想に違わない人物が、さんさんと降り注ぐ朝日をものともせずに、眠っていた。
指を通せばするりと逃げてしまう程に柔らかくさらさらとした翡翠色の髪、細かく肌
理の整った磁器のような肌、瞳と揃いの宝石のような瞳を今はうすい瞼に隠して紅くふっくらとした唇から寝息が零れ落ちる。
その、姿。

「…フラン」

朝から目にするには、朝日以上にこの瞳を焼く。

「…フラン」

愛らしい姿形に相応しくない程の毒をその唇に隠して、今は健やかに寝息を立てている。

「フランっ」

女よりも性質悪く、可愛らしくて仕方のない…今はまだ後輩。

眉間を押さえて、息をつきこっそりと欲を逃すと規則正しい呼吸音の代わりに衣擦れの音と、掠れたテノールボイスが耳に届いた。

「…んん…。んもぅ…あさからおっきぃこえ、ださないでください…このだおうじ」寝起きらしい幼い呂律と薄く開いた瞳が、眼福にして目の毒となる。

「てめーいつの間に俺の布団に入りやがった」
「いつ…って昨日の晩ですよ?あっ時間的には今日ですねー」
「…そもそも何で俺の布団の中にお前が居るんだよ」

そこできょとりと目を瞬かせ、さも当然かの様に解を投げて寄こす。

「せんぱいのベッドって、ミーの部屋のよりおっきくてふかふかしてるじゃないですか」
「…っは」

返された答えは自分自身にまつわるものではなく、このベッドに対する回答で、どこかやりきれない気持ちになってすぐさま、ならば自分はどの様な答えを欲しがったのかに思い至り、少しばかり泣きたくなった。

「…ならボスのとこでも行けよ、ボスのベッドなら俺と同じくらいだぞ」

きっとそうなれば、自分は何か理由をこじつけて引きずり戻すに違いないだろうが。
「そんな事して、朝からミーが炭になったらどうしてくれるんですか」
「…焼きガエルが出来るな」
「グロちっくな事言わないで下さいー」
目が覚めたらしいフランがうん、と身体を伸ばしふるふると子猫の様に身体を震わせ伸びをする。
その声もまた、甘く吐息で囁かれたそれで、伸ばした腕に纏っていたパジャマの袖がするすると落ち、むき出しになりベルフェゴールの理性を朝から切りにかかり、頭を痛めた。

「ん?」
こめかみ辺りを押さえ、見遣るフランの姿に違和感を覚えた。
違和感?
と、いうよりもそこにある不思議。

先程、伸びをした際するすると袖が下に落ちてフランの細い腕をむき出しにしていたがそもそもサイズが合っていない様な気がして、ベルフェゴールは不躾にフランを眺めた。

柔らかいリネン素材のロングティーシャツは着心地こそ良さそうではあるが、ぶかぶかとしてボートネックの襟ぐりからは華奢な鎖骨どころか、ずるりと肩口までもが露になっていて、裾がふっくらとした腿の上部までを覆っている。
ボトムに目を遣ってみても、こちらもサイズが合っているとは言えずに裾を折り返して尚、形よく揃う爪先を布の内側へと閉じ込めていた。

そもそもどう見てもサイズの合っていない服をどうして着ているのか。
と、いうよりフランの着ている服にどうも過ぎる程の見覚えがあってベルフェゴールは、本日朝から何度目となるか数えるのも馬鹿らしい頭痛を抱えながら問うた。

「お前さ、その服…」
「あぁ…そこからですー。気持ちいいですねこれ」
ミーも、自分のが欲しいです。何て言いながらベルフェゴール愛用ソファを指差した。
後半部分は聞き流して、やはりそうか、そうであったかと思い問いを重ねる。

「お前何で俺の服着てんだよ」
「えっとですね…」
そこで、今の今まですらすらとマイペース極まりない答えを出していたフランが言い淀み、ベルフェゴールはおや、と眉を上げた。

「昨日任務終わって、シャワー浴びて着替え持ってくるの忘れちゃったんですー」
一見すればさも正論であろうが、直ぐ様ベルフェゴールは幾つかのおかしな点を拾い出した。
「どこでシャワー浴びたって?」
「ここですー」
「何で?」
「だってこの部屋で寝るんですから、ついでじゃないですかー。あっちゃんと汚れた隊服は脱いできましたよ」

さして、現況を理解するにはあまり意味のない気遣いを見せたフランに、ベルフェゴールは言葉を失い、フランは気負う事なく要求を重ねた。
「せんぱい、お腹がすきました」
サイズの合わないベルフェゴールの服を着て、華奢な白い肩をむき出しにしたまま、袖に隠れた指先を伸ばしひな鳥のように口を尖らせ朝食を要求し始めた。

まるで朝を共に迎えた恋人の様で。

キングサイズのベッドの上でこのまま。
未だ触れた事の無い雪の様な肌を。
触れて、暴いて、閉じ込めたい。

「何で俺がお前の朝飯用意しなきゃなんねーんだよ」
結局、朝から眩暈を覚える程に滾る欲望を無理やり呑み込み、フランから目を逸らし会話を繋いだ。

「ここがせんぱいの部屋だからです」
「だから、何で…」
「だってせんぱいの部屋…美味しいもの一杯あるじゃないですか」
くるりと視線を向ける先、簡易キッチンの冷蔵庫に照準を合わせ、パントリーに移動して最後にベルフェゴールへと戻した。


結局、不毛な言い合いを繰り広げても頭痛がひどくなるばかりだと判断し、マフィンとクロワッサンとバター、砂糖をたっぷりと入れたミルクを温めて朝食と相成った。
「ねーせんぱい」
「何だよ…ほらバター」
「今日これから予定、ありますかー?」
「あぁ…秋物とか見に行くけど」
「ん、分かりましたー」
「お前…」
「ミーも。ミーも行きます」
「何、お前あんま服買わねーのに」
「せんぱい行くところ、美味しい物あり、です」
新しい秘密基地を見つけたような瞳でベルフェゴールを見詰め本日の予定は決定した。


「うわ…」
「おお、ぴったりですー」
結局、朝食を済ませ自室に戻るのが面倒だと言い始めたフランにベルフェゴールは10年ほど前の服をクロゼットの奥からひっぱり出してやり、貸す羽目になった。
ぴったりだとフランは言うが、それでもやはり少し大きいとベルフェゴールは再度視線を彷徨わせる事となった。

パジャマ代わりに着ていた今現在の服程ではないが、肩の位置はやや下に落ちているし掌の半ばまで袖で隠れている。
ゆったりとしたレイヤード風の薄手ニットなのでおかしくはないが相変らずのぞくほっそりとした項と鎖骨にくらくらとする。細身のデニムと折り返し部分の濃いピンク地に黒のブロック・チェックが可愛らしいハイカットスニーカーを合わせれば完成で余程食べ歩きたいらしく早く早くとベルフェゴールを呼んだ。
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